伊藤忠商事株式会社

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「三方よし」と伊藤忠商事のCSR

「三方よし」の哲学とともに歩んだ歴史に重ね、これからもこの理念に根ざしたCSRを実践していきます。

伊藤忠商事のCSRに関する基本的な考え方

伊藤忠商事は、「企業も社会の一員であり、良き企業市民として社会と共生し、事業活動を通じて社会の期待に応えていかなければ、その持続可能性を保つことができない」ということを強く認識しています。そして、CSR(Corporate Social Responsibility)とは持続可能な社会へ向けて、企業が事業活動を通じてどのような役割を果たしていくのかを考え行動していくことであると考えています。この考え方は、創業者の伊藤忠兵衛が事業の基盤としていた近江商人の経営哲学「三方よし」の精神につながるものでもあります。真のグローバル企業として多様な価値観を理解し、社会の期待に応え、社会から必要とされる企業であり続けることが、当社の使命であると考えています。

初代忠兵衛と「三方よし」

[写真] 初代伊藤忠兵衛
(1842~1903)
[写真] 近江商人
(近江商人博物館提供)

伊藤忠商事の創業は、安政5(1858)年、初代の伊藤忠兵衛が滋賀県豊郷村から長崎を目指して麻布の持ち下りの旅に出たのにさかのぼります。

忠兵衛は、出身地である近江の商人の経営哲学「三方よし」の精神を事業の基盤としていました。「三方よし」は、「売り手よし」「買い手よし」に加えて、幕藩時代に、近江商人がその出先で地域の経済に貢献し、「世間よし」として経済活動が許されたことに起こりがあり、「企業はマルチステークホルダーとの間でバランスの取れたビジネスを行うべきである」とする現代CSRの源流ともいえるものです。初代忠兵衛の座右の銘「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」にも、その精神が現れています。

創業時から受け継がれる経営理念の根幹

[写真] 当時の大福帳

初代忠兵衛は明治5(1872)年に「店法」を定め、また、会議制度を採用しました。店法とは現代でいえば経営理念と経営方針、人事制度、就業規則を合わせたような内規であり、伊藤忠経営の理念的根幹となっていきました。会議では、忠兵衛自らが議長を務め、店員とのコミュニケーションを重視し、また、利益三分主義※の成文化、洋式簿記の採用など、当時としては画期的な経営方式を次々取り入れるとともに、店主と従業員の相互信頼の基盤をつくりあげ、当時からCSR経営を実践していました。

  • 利益三分主義:まだ封建色が濃い時代に、店の純利益を本家納め、本店積立、店員配当の三つに分配するというもので、店員と利益を分かち合う、当時としては大変先進的な考え方です

150年の歴史とCSR

[図] 伊藤糸店開店当時(明治26年)の風景

2008年、伊藤忠商事は創業150周年を迎えることができました。 なぜ伊藤忠が発展し続けられたか、それは、現代のCSRの源流である、近江商人の経営哲学「三方よし」の精神を150年実践してきたからであり、またそれと同時に、会社を取り巻く環境が時代とともに変化していく中で、変化を先取りし、変化をチャンスととらえる社風を築いてきたからだと考えています。

創業以来、伊藤忠は時代とともに、二度の世界大戦や激しい景気変動等の厳しい時代の嵐に翻弄されながらも、一貫して、たくましく成長してきました。繊維のトレーディング中心の商社として出発した伊藤忠商事は、時代の要請により変化してきた商社の役割とともに、取扱商品の構成や事業領域も大きく変えながら、川上から川下まで、原料から小売までとその影響範囲を拡大しつつ、総合商社、そして国際総合企業へとその体質を転換しながら発展してきました。

その歴史が150年続いてきたのは、「三方よし」の精神がしっかりと継承されてきたからであり、同時に、時代とともに変化する社会の期待に応え、社会から必要とされ続けているからだと確信しています。

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