地域と共に発展する工業団地事業

地域社会への貢献に関するHighlight
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現地報告:中村俊裕(Toshihiro Nakamura)
NPO法人コペルニク共同創設者 兼 CEO

国連やマッキンゼーでの勤務経験を経て、ラストマイル(*)の人々にシンプルで革新的なテクノロジーを届けるべく2010年にNPO(非営利団体)コペルニクを創設。2012年には世界経済会議(ダボス会議)のヤング・グローバル・リーダーに選出され、同会議の持続可能な開発における「グローバル・アジェンダ委員会2014-2016」の「持続可能な開発」委員も務める。また、2014年にはユニセフの「インドネシア・イノベーション・ラボ」のアドバイザーとなる。インドネシア在住。

* 新興国で最も支援が届きにくい層

1. はじめに

日本固有の企業形態とも言われる総合商社は、貿易事業に限らず、流通、小売、通信など事業領域が多岐にわたるため、全体像がつかみにくいともいわれている。私自身、実際に日々どのような活動をしているのかを間近で見たことはなかった。今回伊藤忠商事が手掛けているインドネシアのカラワン工業団地事業の現地視察を通じて、商社というのは、多くの企業のニーズをうまくつなげ、ビジネスが回るためのエコシステムを構築し、企業活動の潤滑油を提供しているということを強く感じた。詳しく説明しよう。

2. カラワン工業団地とは

カラワン工業団地(Karawang International Industry City: KIIC)は、1992年に伊藤忠商事とインドネシアの大手財閥の一つシナルマスとが50%-50%で出資し、共同で開始した事業だ。今までに3フェーズで拡大をしており、インドネシアに進出する初期段階の企業、もしくは、インドネシアでの事業拡大に伴う工場増設などのニーズを持つ企業に対して、土地、建物、その他の付随サービスを提供し、企業が製造に専念できるインフラを提供している。カラワン工業団地には、現在までに約140社が入り、入居企業の約85%は日本企業である。

カラワン工業団地を訪れて抱いた最初の印象は「全てが整備され、きれい」というもの。道路は凸凹がなく舗装され、緑が多く掃除も行き届いている。インドネシアでは道路が凸凹している箇所も多く、いかにカラワン工業団地の管理体制がしっかりしているかが一目瞭然であった。

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カラワン工業団地の運営会社が入っている建物

具体的に、どの様な質の良いインフラを提供しているのか?まずは広大な土地と建物だ。国際輸送の玄関口であるジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港や、ジャカルタの港から車で約2時間、かつ高速道路のインターチェンジを出てすぐという好立地に、1,200ヘクタールを超える広大な敷地を用意している。これは千代田区に相当する広さだ。トヨタ自動車やヤマハ発動機などの四輪・二輪メーカーと、それらの企業に部品を納入する企業が主に入居しているが、消費財、食品メーカーなど他業種も多い。

入居企業は、KIICが運営する土地に工場を建設し、生産活動を行う。安定した電力と工業用水、通信環境、よい治安という環境の中で、各企業が本業に専念できるのだ。電力に関しては、最優先電力供給エリアとなっており、必要な電力量を安定して確保できる。従って、年間平均停電時間が約250分*のインドネシア(日本は20分*)で働く上で、入居企業が安心して工場を設けられるインフラが整っていると言える。最近では、工場を建設する初期費用を抑えたい企業に対して、レンタル工場も提供している。

  • インドネシア平均停電時間:経産省2014年データより、日本の平均停電時間:電気事業連合会2014年データより
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レンタル工場
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消防設備
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カラワン工業団地専用の変電所
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インドネシア政府基準を満たす水の管理

また、環境に配慮したソリューションの導入例もある。フランスのストリートライト・ビジョン社のソフトウェアを活用したスマート街路灯を約1,300本カラワン工業団地に導入し、電力消費量や二酸化炭素排出量の排出抑制だけでなく、街路照明の運用保守管理の効率化の両立を実現する予定だ。導入が完了すると、既存の街路灯と比較して約70%の電力が年間で節約できる計画となっている。伊藤忠商事が手掛ける他の事業と、カラワン工業団地事業のシナジーを生み出す取り組みである。

これらのレジリアントな(復元力のある)インフラ提供だけではなく、ソフト面での環境も整っている。例えば、入居企業同士のコミュニティを強化するために自治会が設けられており、後述する地域貢献活動や敷地内の共同農園など、毎月様々なトピックについて話し合っている。特に人気があるのは、外部講師を迎えた講習会で、各企業が抱えている財務や労務管理といった課題への対応策など、実用的なセッションも開催されており、入居企業が地場の法律に則した、適切な労働環境を整備する支援もしている。

敷地内には日本食レストラン、インドネシアレストラン、イタリアレストラン、クリニック、従業員向けのモスク礼拝所も完備している。近隣地域にはカラワン工業団地で働く方々が滞在できるサービスアパートもある。

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日本のクリニック
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日本食レストラン
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礼拝所

カラワン工業団地はインドネシアでISO9001及び14001、OHSAS18001の3つの国際標準を取得している数少ない工業団地の一つであり、インドネシア政府より2013年には最優秀工業団地、2015年には優秀工業団地として表彰されるなど、外部からの評価も非常に高い。外部からの評価はもちろん素晴らしいが、私がもっとも印象に残ったのは、「入居してくださっている企業が事業で成功・成長するのが一番のやりがい」という、KIICが持っている熱い思いだった。

3. 伊藤忠グループとしてのさらなる付加価値の提供

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筆者(左)、伊藤忠村上氏(中央)、ILI今村氏(右)とジャカルタ北部のタンジュン・プリオク港にて

伊藤忠商事としては、カラワン工業団地の入居企業に対して働きやすい環境を提供する以外にも、グループ企業を通じてさらなる付加価値を提供している。例えば、伊藤忠ロジスティクス(伊藤忠商事の総合物流子会社)の子会社であるPT. ITOCHU LOGISTICS INDONESIA (ILI)は、日本を含めた国外からインドネシア国内に入ってくる物資の通関手続きを行っている。サプライチェーンがグローバルに広がる企業にとって、通関というなくてはならないプロセスも、頻繁に法律の改正があったり解釈が難しかったり、インドネシアを含む新興国ではその他にも予測できないことが多い。こういった環境でも、必要な書類を揃え、人的ネットワークを駆使し、可能な限りスムーズに通関を行うILIのような役割は今後も重要だ。

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カラワン工業団地内にあるPT.ILCのオフィス

伊藤忠ロジスティクスのもう一つの子会社PT. ILC LOGISTICS INDONESIA (PT.ILC)は、ILIが通関させた資材などを、在庫を統一して管理し、入居企業に届けている。人々のライフスタイルや消費パターンにあわせ、モノの流れはますます複雑化しているなかで、PT.ILCは複雑な物流業務を一括管理し、入居企業の業務効率化、ひいては物流コストの削減に貢献している。

インドネシアに工場を持つ多くの製造企業は、商品の資材発注と在庫管理に苦慮しているが、PT.ILCの所有する在庫管理システムは、常に正確な在庫をタイムリーに確認する事が出来る為、必要な時に必要な数量を短時間で工場まで運ぶ事が可能となり、顧客の在庫削減を実現出来ている。伊藤忠ロジスティクスは今後も、効率が良く質の高いサービスを提供すべく、ビジネスを拡大して行く方針だ。

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PT.ILCの倉庫で目に着いたのは、写真入りの管理マニュアルの多さだ。ヘルメットの正しいかぶり方から、荷物の正しい積載の仕方まで、さまざまなマニュアルが「ワン・ポイント・レクチャー」というタイトルで倉庫内の壁に貼ってある。

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倉庫内のあちらこちらに貼られている労働安全管理マニュアル

これらのアイデアは、PT.ILC幹部から出てくるだけではなく、工場で働く従業員らからも出てくるという。在庫管理を効率的に行い、入居企業に対して短時間で資材を届けるという活動の裏には、このような地道な取り組みが欠かせないのだろう。

コペルニクについて

筆者はコペルニクを立ち上げ、インドネシアを拠点にシンプルなテクノロジーを通じた貧困削減と新興国の人々の自立支援を行っている。シンプルなテクノロジーの例としては、ソーラーライトや簡易浄水器があげられる。これらのテクノロジーに注目している理由を説明したい。

電気が通っていない場所に住む人々は(世界中で約14億人)、日没後は普通灯油を燃やして薄暗いあかりを灯しているが、この灯油ランプは非常に害が多い。まず、灯油を定期的に購入する必要があり、毎月の家計の20%を占めることもある。また、有害な黒煙が出るため、呼吸器疾患の発症率を高め死亡に至ることもある。ソーラーライトに着目しているのは、これらの問題を安価、かつ直接的に解決できるからだ。また、蛇口をひねればきれいな水が出る日本とは違い、多くの途上国では大腸菌などが蔓延している水を飲むことから、下痢を起こし、脱水症状で毎日子供が4千人死亡しているという国連の統計がある。こういった場所に簡易浄水器を届け、健康被害を軽減させるなどの活動を行っている。

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ソーラーライトの元で仕事をする男性(写真:コペルニク)
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浄水器で濾過された水を飲む子供たち(写真:コペルニク)

コペルニクは、企業単独では採算が成り立ちにくい農村部・僻地で貧困層向けに届けるという活動を行っているが、こういった貧困層向けのソーラーライトや簡易浄水器を製造しているのは、全て民間企業だ。これらのテクノロジーがなければ、コペルニクの活動は成り立たない。より多くの貧困層向けの適切なテクノロジーがより安価に開発されれば、貧困層の生活向上に大きく貢献することにもつながる。

4. コペルニクから見たカラワン工業団地と社会的課題解決との関係性

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二輪車でソーラーライトを届けるコペルニクのパートナー(写真:コペルニク)

筆者の活動とからめて、カラワン工業団地の活動を一歩引いたところから改めて見てみると、工業団地の違った面が浮上する。例えば、カラワン工業団地では二輪車の製造も行われているが、車に比べて格段に安価な二輪車は、コペルニクが活動をするラストマイルの貧困地域でも非常に価値を発揮する。道路が整備されておらず、人口密度の低いインドネシア農村部では、収穫した農作物を近くの市場まで運ぶ、病院に行くなどの移動に二輪車は欠かせない。また、ソーラーライトや簡易浄水器などは、ほとんどの場合コペルニクのネットワークを通じて、二輪車で家々まで運ばれている。ラストマイルのサプライチェーンには、二輪車が欠かせないということだ。

次に、蚊取り線香の例を見てみよう。蚊よけの製品を製造する日本企業もカラワン工業団地に入居、インドネシアで売り上げを伸ばしている。2013年のインドネシア政府のデータによると、蚊を媒体とするマラリア感染が35万件、デング熱感染が10万件発生しており、幼児・子供の死亡にもつながっている。マラリア・デング熱がインドネシア経済にもたらす負の影響は大きく、エコノミスト誌の試算によると、経済的ダメージは年間約380億円にも及んでいる。よって、蚊よけの製品は日用必需品であり、それを製造することは、かゆみという不快感を予防するだけでなく、死にも至る感染症の予防、さらにはインドネシアの経済的負担の軽減にも貢献しているといえる。

貧困の根絶、再生可能エネルギーの普及、清潔な水の確保、マラリア・デング熱といった感染症の撲滅は2015年9月に国連が採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」の重要な17の目標の中に含まれており、国際的重要課題として認識されている。これらの課題解決は、国際機関や加盟国政府だけではなく、民間企業、市民セクターなどがグローバルレベルで連携をすることを促している。ソーラーライトや浄水器が二輪でラストマイルまで届けられ、蚊よけの製品がインドネシア国内において安価で安定して供給されるということは、インドネシアにおけるSDGs達成にも貢献していると言える。

5. 近隣地域・住民への還元

カラワン工業団地の本業が、入居企業の活動を通じて社会課題に貢献している一方、カラワン工業団地としても、入居企業と一体になって、直接的に近隣6つの村を中心としたCSR活動も積極的に行っている。

例えば、農業支援。カラワン地域は大都市のジャカルタから1-2時間という距離とはいえ、多くの住民は小規模な農家がほとんど。これに着目し、インドネシアのトップ大学の一つであるボゴール農業大学と提携して、肥料の正しい使い方や新たな農業手法の導入などの農業指導を地域住民に行い、彼らの経済的自立を支援している。また、栄養価の高いナマズを養殖し、地域住民に提供し、新たなビジネスの種を提供するとともに、栄養改善にもつながる活動を行っている。
その他にも地域乳幼児健康連絡所の開設支援、無料の医療支援、毎月の離乳食支給、年間1万本を超える植林用苗木の栽培、奨学金の提供等、入居企業や外部団体とも協力しながら様々な社会貢献活動を積極的に行っている。カラワン工業団地では約5万人が働いており、雇用創出にも大きく寄与していると言えるだろう。

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地元の女性団体を集めた農業ワークショップ
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入居企業が共同で運営する農園

6. 総合商社が手掛ける意義

総合商社が工業団地事業を手掛ける意義について考えてみたい。新しい国に事業を展開する際、海外に大きなネットワークを構築し、ノウハウや資金力を持ち、すでに多様なビジネスを行っている商社に相談する日系企業が多い。これらの利点を活用したのが、この工業団地のビジネスだといえる。商社側としては、すでに他のビジネスでも関わりがある現地の有力企業とジョイント・ベンチャーを行うことで、現地法令の遵守、現地政府との折衝などがスムーズに行われる一方、商社はネットワークを生かして入居企業を集め、上述したような、ロジスティクスサービスやスマート街路灯などの事業などでさらなる付加価値を提供するためのビジネスを投入していく。入居企業としては、商社が有するソフト・ハードを活用しながら、初期投資を抑えつつ事業拡大をして行くことができる。まさにウィン・ウィンの関係だと言える。

インドネシアパートナーから見た日本の企業

カラワン工業団地などを通じてインドネシア市場に進出・拡大をしてきた日本の企業は、インドネシアの企業からはどのようにみられているのだろうか?カラワン工業団地におけるインドネシア側のパートナーであるシナルマス・グループにて、テクノロジー投資責任者であり、日本企業パートナーシップに関するアドバイザーも務める小林真悟氏に話を聞いた。

シナルマス・グループは、過去20年以上の間に様々な事業領域で日本企業と20件のジョイント・ベンチャーを営んでおり、インドネシア企業グループの中でも、日本企業との関係は非常に深い。インドネシアの企業が日本企業とパートナーシップを結ぶメリットには、様々な経済合理性の他に、日本人の勤勉さや職業倫理から多くを学べること、また、事業への長期的視点が共有できること等があげられる。

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シナルマス・グループの小林氏

日本企業とパートナーシップを組む際、事業開始までの調整には時間を要するケースもあるが、信頼関係の下でコミットメントは強く、一度始まればその後スムーズに進みやすい。

インドネシアは1997年の通貨危機で大きな打撃を受け、リーマンショックの影響や為替の変動など、外部環境が必ずしもよくない時期もあったが、伊藤忠商事及び伊藤忠グループには、インドネシアにおいて長期的視点で最も信頼される日本のパートナーとして、これからもプレゼンスを強めて行って欲しい。

視察を終えて

普段訪れる機会の少ない工業団地を隅から隅まで視察し、ジャカルタにある港の通関プロセスを間近で見たことで、気づかされた点がいくつもあった。伊藤忠商事はもちろんこれ以外の事業も多く手掛けており、今回訪れたのはそのほんの一部とはいえ、事業のスケールの大きさとグループ内企業の間でのシナジーは非常に印象に残っている。
私の事業に関連する、新興国での事業という観点から言えば、経済産業省やJETRO、JICAが行っているような海外進出支援の、次のステージの支援ともとることができると感じた。JETROやJICAの支援を受けて新興国の市場調査をした後、手ごたえを感じて、実際に製品の製造・販売に踏み切ろうとしても、やはり土地探しや建物建築などの初期投資はなるべく抑えたい。こういった企業にとっては、カラワン工業団地のような施設は企業の新興国進出のリスクヘッジに大きな役割を果たすのだろう。こういった施設を足がかりに、多くの企業が、貧困層が必要とする製品やサービスを開発・製造していただければ、我々コペルニクの活動も一層広がりが出てくるだろうと考えながら家路についた。