災害大国ニッポンの防災ビジネス

取材先(社名50音順)

江崎グリコ株式会社 セールス本部 第一セールス部
事業開発ユニット グループリーダー
若杉浩伸氏杉田エース株式会社 営業企画グループ加藤伶佳氏
株式会社ファンクション 代表取締役本間麻衣氏株式会社LA・PITA 代表取締役社長澤 直樹氏

災害大国、日本。日常生活の中での防災対策は、大規模な自然災害が頻発する日本では生活者の重要な関心事だ。そうした生活者の防災意識の高まりを受け、さまざまな企業が災害に備えるための商品やサービスを展開している。近年、活発化する防災ビジネスの市場規模は、周辺ビジネスも含めると8兆円超とも予想されている。本号では、個々人のニーズに寄り添った新しい商品を提供するスタートアップ企業や、既存事業を拡張する形で防災領域の取り組みに着手した大手企業などを取材し、消費者の意識の変化をビジネスにつなげていくヒントを探る。

消費者の防災意識の高まりに応える多彩な商品

避難所のニーズに寄り添った商品

近年の日本列島は大震災のみならず、2018年の西日本豪雨、2019年の台風15号・19号など台風や集中豪雨などへの脅威も急速に高まっている。世界的な気候変動により、今後ますます災害の頻度が増すことが予想され、生活者の防災意識も高まる中、避難所の劣悪な生活環境や、支援物資と現場のニーズのミスマッチなどを改善するため、さまざまな商品が開発されている。

株式会社LA・PITA(ラピタ)は、東日本大震災の後、避難所でのボランティア活動を通して防災用品の改善の必要性を感じた代表取締役社長の澤直樹氏が起業し、現在では防災セットの国内トップレベルのシェアを獲得している。「従来の防災セットは、避難所でのプライバシーや女性のニーズには配慮されずに開発されていた。我々は、通販からスタートしたことも功を奏し、エンドユーザーの声を直接聞きながら開発に取り組むことができた」と澤氏が成功の要因を分析するように、避難所や通販を通して得た生の声からニーズを汲み取り、品質とデザイン性を両立させた商品によって、個人から法人まで幅広い層から支持を得ている。

簡単に洗濯、乾燥、着替えができる女性用ランジェリーセットとして、クラウドファンディングも活用しながら製品化にこぎつけた「レスキューランドリー」シリーズも、避難所における女性の悩みに細やかな配慮で応えた商品だ。約1年間ランジェリーメーカーとして事業を展開した後、ファッション追求型から社会貢献型のビジネスにシフトした株式会社ファンクション。代表取締役の本間麻衣氏は、「防災イベントなどに参加すると、ニーズの高まりを実感する。中でも最近は、従来の防災グッズの概念を払拭し、日常の延長で備えられるような商品をデザインすることがポイントになっている」と、防災用品における「デザイン」の重要性を強調する。

大きく変わる備蓄食の概念

防災を語る上で忘れてはならないのが、非常時の「食」だ。建築金物の商社として知られる杉田エース株式会社の新規事業として生まれた長期保存食ブランド「イザメシ(IZAMESHI)」は、消費した分を買い足して備蓄を一定量に保つ「ローリングストック」の考え方を新しい切り口で提案している。営業企画グループの加藤伶佳氏が、「これまでの備蓄食は押し入れなどにしまわれ、いざというときに取り出せなかったり、期限が切れていたりすることが多かった。私たちは日常から食べられる美味しさや商品ラインナップ、デザイン性にこだわり、さまざまなアレンジ方法も提案している」と語るように、同ブランドでは直営のカフェなどを通して若い層への訴求も図り、非常食のイメージを覆しつつある。

江崎グリコ株式会社は、阪神・淡路大震災の経験から防災事業に着手した。「保存用ビスコ」や温めずに食べられるカレー、液体ミルクなど、非常時に役立つ備蓄食料を展開する同社セールス本部 第一セールス部 事業開発ユニットのグループリーダー 若杉浩伸氏は、「災害食の市場は200億円規模といわれるが、台風なども増えている中で、潜在市場はさらに大きいという見方もある。昨年の台風15号で液体ミルクが役立ったことなどが報じられ、我々の備蓄食料を採用する自治体も増えており、まだまだ伸びしろがあると感じている」と市場の拡大に期待を寄せ、圧倒的な認知度やブランド力を武器に自治体や企業への備蓄食の導入を促していく構えだ。

ビジネスのカギは新たな需要の喚起

「さまざまなニーズを想定したセット商品を多く揃えたことで、お世話になっている方へのお中元やお歳暮、遠く離れて暮らす親御さんなどへのギフト需要が増えている」と語る「イザメシ」の加藤氏をはじめ、防災ビジネスを軌道に乗せるためには日常のさまざまなシーンにおける需要喚起が不可欠だというのが各社共通の見解だ。近年は、日常化という観点から、サブスクリプション型の防災ビジネスに取り組む企業なども見られるようになっている。

LA・PITAの澤氏が、「日本は災害が多いわりに防災対策が不十分。将来的には防災イベントなどを主催し、避難所での生活の困難さを体験し、その場で防災セットなどを使える機会をつくっていきたい」と語るように、防災イベントへの参加や被災地への物資提供などを通して、防災用品の有用性を訴える啓蒙活動も必要になるだろう。

「企業として防災の取り組みを行うことの価値は数値では測りにくいが、少なからず企業価値やブランドイメージの向上につながり、個人的にも大きなやりがいを感じる」と江崎グリコの若杉氏が語るように、防災関連の取り組みを通して、企業価値の向上や顧客との関係性強化を図る企業も増えている。また、仕事に社会的意義ややりがいを求める若い世代が増えていることで、防災関連の取り組みがリクルートにおいても好影響をもたらすケースがあるようだ。

そして、ファンクションの本間氏は「『避難所でも着替えるときは人目を気にしてしまう』といった日本人の非常時におけるニーズは、欧米などよりも細やかに感じる」と分析する。アウトドア愛好者やムスリム、あるいは難民キャンプでの活用など、本間氏が「レスキューランドリー」の海外展開を見据えているように、災害大国である日本から生まれた防災用品が、世界を変えるイノベーションとなる可能性を秘めていることも最後に付け加えておきたい。

防災セット「ラピタ」シリーズ
すっきりとしたフォルムの防災セット「ラピタ」シリーズ。インテリアにもなじみやすく、置き場所を選ばない。
江崎グリコの備蓄食についての認知啓蒙活動
江崎グリコは各地で開催される防災関連イベントにも出展し、備蓄食についての認知啓蒙活動を続けている。
イザメシ
多種類の「イザメシ」がセットになったギフトも好評。離れて暮らす家族を気遣い、常備食として贈るケースも多い。
レスキューランドリー
旅先からSNSに投稿された「レスキューランドリー」の使用シーン。防災以外にも用途が広がっている。