地方発! “あえて”の魅力

取材先(社名50音順)

株式会社石見銀山群言堂グループ 会長 松場大吉氏 株式会社エタブル 新居幸治氏 新居洋子氏
「THE HINOKI」代表 檜 宗憲氏 株式会社セキサカ 代表 関坂達弘氏

都心から離れた場所に拠点を構え、その土地の資源やネットワークを生かしながら独自の価値を創出することで注目を集めるブランドやショップが増えている。その場所にしかない魅力や体験を国内外に発信することで消費者の購買意欲を喚起するだけではなく、中には「観光」や「移住」といった新たな人の流れを生み出し、地方創生の観点からも高く評価されている取り組みもある。新型コロナウイルスの感染拡大が各業界に大きな影響を及ぼす中、その独自性に裏打ちされたビジネスやサステナビリティに配慮した取り組みで、ますます注目を集める地域発ブランドやショップへの取材を行い、これからのビジネスのヒントを探る。

新しい日常を生きるローカルならではの持続可能ビジネス

地域資産を活かした場づくり

近年、その土地ならではの資産を生かし、地域の暮らしや文化を伝えるものづくりに取り組み、多くの支持を集める地域発ブランドが増えている。その先駆けとも言えるのが、1988年に石見銀山がある島根県大田市大森町で創業した「群言堂」だ。人口わずか数百人の町にUターンし、パートナーの登美氏とともにブランドを立ち上げた株式会社石見銀山群言堂グループの会長 松場大吉氏は、「物欲が薄れている時代に大切なのは、心に訴えかけること。ただ商品をつくるのではなく、生き方や暮らし方の提案につながる感動価値を提供していくために、30年以上かけて地域づくりをしてきた」とこれまでの歩みを振り返る。大森町にある「群言堂」石見銀山本店や宿泊施設など、地域での体験とともに伝えられるメッセージが多くのファンの心を掴むとともに、田舎暮らしに憧れる若者たちの就職先としても人気を集めている。

国内外でデザインを学んだ後、福井県鯖江市で代々続く漆器メーカーの跡継ぎとして帰郷し、家業の改革を推進しているのは、株式会社セキサカの代表 関坂達弘氏だ。ものづくりが盛んなこの地に魅力を感じ、移住者が急増していた状況を受け、2015年にオープンしたセレクトショップ「ataW(アタウ)」について、「外から来た人たちの視点が、地元の人が気づいていなかった地域の可能性を見出してくれたことで、職人さんたちの意識や行動に変化が生じた。自分も地域の中と外の視点をバランスよく持ち、両者をつないでいきたい」と語る関坂氏は、店舗での企画展や自社ブランドでのものづくりを通してその機会をつくりながら、受注が主だった自社のビジネスモデルの転換も見据えている。

広がる「地方移住」という選択

独立系ファッションブランドにおいても、理想的な創作環境を求めて自然豊かな地域に拠点を構えるケースが増えている。2015年に鳥取県に移住してブランドを立ち上げ、全国にファンを増やしている「THE HINOKI(ザ・ヒノキ)」の代表 檜 宗憲氏は、「近年は、インターネットや物流などのインフラが整い、物理的なスペースも多い地方は、身体的にも精神的にも自由に活動しやすい。鳥取拠点のブランドとして紹介されるケースも多く、地方発ということ自体が興味の対象になっている」と話す。「THE HINOKI」のブランディングに鳥取の地域性は反映していないものの、天然素材を用い、環境負荷が少ない服づくりを標榜する同ブランドが自然豊かな環境に拠点を置くことには必然性があり、こうしたサステナビリティに配慮した姿勢も消費者から支持される要因となっているのだろう。

静岡県熱海市を拠点に革製品のブランド「EATABLE(エタブル)」、洋服のブランド「Eatable of Many Orders(エタブルオブメニーオーダーズ)」を展開する株式会社エタブルは、2016年に市内の商店街にアトリエを併設した店舗「EOMO store(イーオーエムオーストア)」をオープンした。パートナーの洋子氏とともに創作活動に励む同社の新居幸治氏が、「熱海に拠点を構え、活動を続ける中で地域とのつながりが強まった。地元の人たちからの依頼もあり、ファッションに収まらないものづくりをする機会が増えつつあるが、小さな規模だからこそささやかなニーズにも応えていきたいと考えている」と語るように、都心では生まれにくい生活に密着したネットワークが、ブランドのオリジナリティを高めることに寄与している。

地域発ビジネスが秘める可能性

エタブルの新居洋子氏が「EOMO store」について、「お店に来る方には、建物の由来や熱海の町の歴史を伝えている。遠方からのリピーターもいる中で、旅の楽しみの一つとなる場所にしていきたい」と語るように、その土地の魅力とともに独自のクリエーションを発信するブランドは、地域に人の流れを生み出す求心力にもなり得る。

他方、人の移動に制約が生じているコロナ禍において、オンラインを通じた発信強化は各社共通のテーマだ。「ataW」を運営する関坂氏が、「売れ筋は意識せず、個性的な商品を集めているため、当初から地域の人だけを相手にするのではなく、実店舗とECの両輪でビジネスを成立させるつもりだった」と語るように、SNSやECの発達によって、かつては都心部でしか成立しなかったエッジの効いた取り組みが各地で実現できる時代になっている。

ローカルのネットワークや独自の世界観を深めていくことでグローバルにもつながることができる今、「あえて地方」という選択はますます増えていく可能性がある。昨今のコロナ禍の影響について「THE HINOKI」の檜氏は、「ミニマルな体制でブランド運営にあたり、生産も身近な地域の工場で行っていたため、大きな影響はなかった」と語り、都心に比べてコストやリスクを軽減できる地方が、持続可能なブランド運営を実現する一つの選択肢にもなることを示唆する。

また、石見銀山群言堂グループの松場氏が、「企業として経済を回していくことは大切だが、短期間で大きな利益を得ることだけが正解ではない。我々は今後もプロセスを大切にし、『三方良し』となるあり方を模索しながら、次世代にバトンをつないでいきたい」と語るように、自社の利益だけを追い求めず、適正な規模を保ち、地域と共生していくブランドやショップから、コロナ禍において岐路に立たされている多くの企業が学べることは決して少なくないだろう。

「群言堂」石見銀山本店
島根県大森町にある「群言堂」石見銀山本店。建物は、築約170年の旧商家を再生したもので、地域の価値を伝える拠点として親しまれている。
セレクトショップ「ataW」
セキサカが運営するセレクトショップ「ataW」では、エッジの効いた個性的な商品を集め、実店舗とECサイトの両輪で展開する。
エタブルの「EOMO store」
エタブルが熱海銀座商店街に構える「EOMO store」。店内奥に工房を併設し、ローカルとの接点にもなっている。
鳥取県を拠点にブランドを展開する「THE HINOKI」
「有機的な衣服とそれに基づく表現活動」をコンセプトに、鳥取県を拠点にブランドを展開する「THE HINOKI」。天然素材を用いているのが特徴。