懐かしくて新しい!? 新「レトロ」ブームの舞台裏

[対談] 茨城大学 人文社会科学部 現代社会学科 教授 高野光平氏 [取材先]・社名50音順 株式会社ジュン 執行役員 サロン事業部 藤原旬児氏
伊藤忠ファッションシステム株式会社 ナレッジ開発室 室長 小原直花氏 タワーレコード株式会社 旗艦店舗統括部 新宿店 青木太一氏
株式会社バンダイ ネットワークトイ企画部 安田江利果氏

ここ数年、ファッションスタイルから「食」やエンターテインメントの領域まで、さまざまな分野で「レトロ」がブームとして広がりを見せている。幅広い層から異なる観点で支持されるのが「レトロ」の特徴で、昭和・平成時代に青春を謳歌した世代の郷愁を誘うものであると同時に、アナログならではの「手触り感」や、効率を求めない豊かな時間体験などが若者世代にも新鮮さをもって受け入れられている。本号では、文化・社会的な観点からの研究や、生活者の消費行動などの分析を行う有識者の対談と、最新のテクノロジーやコミュニケーションツールなどを駆使しながら現代における「レトロ」の提案を行っている各社の取材を通じて、「レトロ」 に惹かれる時代の気分や消費動向とこれからのビジネスのヒントを探る。

[対談]高野光平氏 × 小原直花氏 若者世代はなぜ「レトロ」に価値を見出すのか(上)

「レトロ」ブームの背後にある心理

伊藤忠ファッションシステム株式会社 ナレッジ開発室 室長 小原直花氏(以下、小原):伊藤忠ファッションシステムでは生活者の価値観や消費行動などを、「世代」、「ファッション」、「生活者の気分」という観点から分析し、社内外に発信しています。今回のテーマとなる「レトロ」は、近年幅広い層を惹きつけるキーワードになっていますが、その捉え方には幅があり、上の世代には当然懐かしいという感覚があるわけですが、若者世代はまた違う受け止め方をしているのではないかと考えています。メディア史や戦後日本文化史、文化社会学がご専門の高野先生は、昨今の「レトロ」ブームについてどのように感じていらっしゃいますか。

茨城大学 人文社会科学部 現代社会学科 教授 高野光平氏(以下、高野):2000年代中頃にも、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の影響で昭和ノスタルジーブームが起こりましたが、そこには貧しくても皆が夢を持ち、温かいつながりがあった昭和30年代という時代に対する憧憬がありました。しかし、今回はそうした感覚ではなく、特に若者に関しては3つの要素に惹かれていると考えています。まずは、「映え」があること。純喫茶のクリームソーダをカメラアプリでフィルムっぽく加工するような行動が典型的です。2つ目は面倒な手続きやプロセスがあること。そして3つ目が物理的な「手触り感」の魅力で、これらの例としては、スマートフォンで済んでしまう写真撮影や音楽再生を、あえてフィルムカメラやアナログ盤レコードで行うことなどが挙げられます。

小原:「映え」に関しては、過去のものに惹かれるという意味ではこれまでにも繰り返されてきたことですが、面倒なプロセスや「手触り感」というのは、デジタル化による効率の追求や削ぎ落としという時代の流れに対する揺り戻しの側面がありそうですね。だからといって、若者にスマホを手放すという選択肢はないはずですし、「今を楽しむ」という意識も強い世代なので、あらゆる分野において「レトロ」を求めているわけではなさそうです。

高野:若者が「レトロ」を感じやすいのは、「今デジタルでできていることのかつての姿」だと思います。デジタル化によって失われてしまった存在や体験であり、なおかつ自分にとって身近な領域であることがポイントで、それが写真や音楽、ゲームだったりするわけです。おそらくそこには、「何でもスマホで済ませてしまうことが本当にいいことなのか?」という意識があり、デジタル社会に生きる自分の心のバランスを保つために、オルタナティブなものに目を向けようとしているのではないでしょうか。

小原:先日、大学生に話を聞く機会があったのですが、彼らはコロナ禍以前からオンラインツールを日常的に使っており、むしろ対面で会えなくなった友人と電話で話すという経験が新鮮だったと言っていました。あることがきっかけでそれまでになかった体験やツールに触れたことが、「レトロ」に興味を持つ入口になっていそうですね。

高野:それに近い話ですが、旅先から友人にハガキを出した体験について話してくれた学生がいました。今の若者は手紙を書く習慣はあるようなのですが、年賀状も含めハガキを送ることにはあまり馴染みがないようで、ハガキが相手に届くという体験が新鮮だったようです。

アナログレコード、カセットテープ、フィルムカメラ
純喫茶や駄菓子屋は、店内の装飾や商品がSNSでの「映え」の対象に。アナログレコードやカセットテープ、フィルムカメラはひと手間をかける体験が楽しいという。