懐かしくて新しい!? 新「レトロ」ブームの舞台裏

[対談]高野光平氏 × 小原直花氏 若者世代はなぜ「レトロ」に価値を見出すのか(下)

伊藤忠ファッションシステム株式会社 ナレッジ開発室 室長 小原直花氏

小原直花

伊藤忠ファッションシステム株式会社 ナレッジ開発室 室長

1992年入社、ばなな世代。「生活者目線で消費動向を捉える」を軸に、「世代」「ファッション」「生活者の気分」を切り口に価値観やライフスタイルを分析。リサーチテーマは「インスタ世代」「コロナ禍により変わること・変わらないこと」「この先シニアのライフスタイル」「サステナブルと生活者にとっての心地よい暮らしのイメージ」など。

若い世代が異なるスタイルや新しい文化を生み出す可能性も(小原)

「レトロ」ブームを捉えるビジネスとは?

小原:近年の生活者は、刺激的なものよりも温かみや優しさなど安心感が得られるものを求める傾向が強まっています。また、以前に学生に新商品に関するインタビューをした際に、新商品でも定番商品でも、売り場に並んでいるものにはどれも同じ価値を感じていて、ことさら新商品であることを訴えかけられることには違和感があると言われたことがあります。これらに共通するのは、デジタル化、効率化、スピード化があらゆる分野で進む時代において、安心やぬくもりを求めたくなるという人間としての本質的な欲求なのではないでしょうか。その中で、心のバランスを保つための取捨選択をしているということを理解することが、「レトロ」を軸としたビジネスを考える上では重要になりそうです。

高野:「レトロ」に惹かれる条件の一つとして「手触り感」を挙げましたが、これはこの10年ほどの間に世代を問わず強まった「現場主義」の流れにも通じるものだと思っています。音楽業界でライブやフェスの需要が高まり、スポーツの分野でもスタジアムに人が集まるようになった背景には、リアルな体験を通して「手触り感」のようなものを確認したいという欲求があります。コロナ禍で現場に集まることが難しい状況になってはいますが、「レトロ」に関するビジネスにおいても、そのもの自体の魅力だけではなく、それを使うとどんな「手触り感」を得られるのかをしっかり訴求していくことが大切になると思います。これは広告の仕事ですが、「映え」や「カワイイ」からもう一歩踏み込んで、「レトロ」の効能を表現できるかどうかでしょうね。

小原:お話を伺っていて、以前、学生さんが「デートで散歩をする」と話していたことを思い出しました。その人は、電車や飛行機などで出かけることで見落としてしまうものがあるはずだから、地元を散歩し、神社仏閣などで立ち止まって発見をしたいと言っていました。便利過ぎる世の中だからこそ、身体を通してリアルに感じられる体験を多くの人が求めていて、その中で「レトロ」なものにも触手が伸びているのだろうと感じます。

高野:まさに今おっしゃった「見落とし」という言葉も、「レトロ」ブームを語る上で欠かせないポイントです。私が授業中に行ったアンケートによると、今雑誌を定期的に読んでいる大学生は5割程度です。今や雑誌というメディア自体が「レトロ」なものになりつつあるかもしれませんが、雑誌の良さは見落としていた情報に出合えることなんですね。「レトロ」なものには思いもよらない体験を提供してくれるところがあり、雑誌が持っている「一覧性」もまさにその一つです。そういう意味では、この「レトロ」ブームに上手く乗って雑誌を復活させることもできるのかもしれません。

小原:思いもよらないものに出合えるというのは、レコードやフィルムカメラなどにもいえるかもしれませんし、それこそレコードなどでは再生中に急に針が飛ぶといった思いもよらない体験も起こり得る。「レトロ」なものには、これまで当たり前に接してきたものに新しい角度から変化を与えてくれたり、あらゆることが無駄なく完璧に行われる現代社会のものさし自体を変えていくような側面がありそうです。また、先ほどのハガキの話などにしても、若い世代がハガキというものと出合うことで、私たち世代が行ってきたやり取りとはまったく異なるスタイルや新しい文化を生み出していく可能性もありますし、たとえパイが小さかったとしても、そこから新しいビジネスの展開も生まれるかもしれません。

高野:全国の喫茶店やご当地のお菓子、アイスなどの写真を投稿している私の大好きなInstagramアカウントがあるのですが、さまざまな分野にある「レトロ」の奥深い魅力を若い人たちに知らせてくれるこうしたチャネルがたくさんあると、そこから面白いことが起こるような気がしています。ただ一方で、SNSで出合える情報は自分のネットワークの中に限られてしまうところがありますし、バズったものがすべてという世界でもあるので、「レトロ」のイメージに関しても仕掛けすぎるとせっかくの多様性が失われてしまう恐れがあります。「レトロ」ブームの基底にある「映え」はSNS抜きには語れないものですが、これをビジネスに生かそうとするのであれば、奥深く多様な「レトロ」の文化を、多くの選択肢がある状態で提示していく工夫を忘れてほしくはないですね。

小原:もはやSNSは人々の生活から切り離すことができないものなので、これらをうまく活用しながら、「レトロ」を多様性のある文化として発信していくことが大切になると思います。本日お話しいただいた「レトロ」に惹かれる生活者心理や世代ごとに異なる「レトロ」観というものを踏まえた上で、どのような体験を提供できるのかということが、「レトロ」を軸にした文化やビジネスを活性化させていく上でのポイントなのだと改めて実感できました。本日はどうもありがとうございました。

「生活者の気分」調査
伊藤忠ファッションシステム ナレッジ開発室による「生活者の気分」調査。「今後増やしたい気分」の上位には、安心感を得られる気分が多くランクインした。
調査方法:WEB  実査機関:2020年3月  調査対象:首都圏在住/22-72歳 男女計2,060名