VUCA時代を生き抜く!? 老舗企業の戦略

取材先(社名50音順)

株式会社イトーキ パーソナル環境事業統括部藤本有希氏
株式会社細尾 代表取締役社長細尾真孝氏
マツダ株式会社 グローバル販売&マーケティング本部 ブランド戦略部 主幹藤本恵利氏 植月真一郎氏
マルコメ株式会社 マーケティング部 広報宣伝課多和彩織氏

日本は、創業100年以上の老舗企業が世界で最も多い国として知られている。これらの企業は長い歴史を通じて、自然災害や経済情勢の変化などさまざまな危機と直面し、その度に新しい挑戦や発想の転換によって市場に新たな価値を創出することで困難な状況を乗り越えてきた。社会情勢が目まぐるしく変わり、未来予測が難しいVUCA時代において、さまざまな変化や困難な状況に適応できるビジネスの基盤づくりが企業に求められている中、時流を見据えたさまざまなチャレンジを重ね、ピンチを好機に変えてきた老舗企業への取材を通じて、レジリエントなビジネス構築のヒントを探る。

※VUCAはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった造語。

ぶれない「軸」と変化を恐れない「チャレンジ精神」

危機を乗り越えてきた老舗の力

新型コロナウイルスの感染拡大によって、多くの業界・企業が危機にさらされている。こうした中、幾多の危機を乗り越えてきた経験や知見を生かし、「ニューノーマル」に備えた対応に積極的に取り組んでいる老舗企業は少なくない。

創業130周年を迎える株式会社イトーキは、戦後に耐火性のあるスチール家具、大震災後に高耐震パーテーションを開発するなど、危機と直面する度に新しい価値を創出してきた企業だ。コロナ危機によってオフィス関連事業に逆風が吹く現在も、在宅ワーク向け製品で注目を集めている。同事業を担当するパーソナル環境事業統括部の藤本有希氏が、「当初はここまで早くリモートワークが普及するとは考えておらず、時代が5年ほど早送りされた印象がある。当事業には2017年から着手していたが、歴史を振り返ると、当社は時代の先を見据え、新しいものを提供するということを変わらず続けてきたことがわかる」と語るように、時流を読み、常に先手を打ってきた同社のDNAはコロナ禍にますます際立っている。

工場の火災、原爆、オイルショックなど度重なる危機を不屈のチャレンジ精神で乗り越え、今年創立100周年を迎えたのは、広島に拠点を置くマツダ株式会社だ。地方都市発の後進メーカーとして他社にはない個性を追求し、市場に独自のポジションを獲得するに至った同社のブランド戦略部 藤本恵利氏は、「地域と共存し、多くのステークホルダーに支えられてきたからこそチャレンジが続けられた。歴史の中では数々の失敗もあったが、ここで諦めたら築いてきた価値や信頼が失われてしまうという想いがあったからこそ生き残ることができた」と歴史を振り返る。メモリアルイヤーにおいても同社は、ステークホルダーへの感謝、ブランドとのつながりを可視化する施策の数々で「絆」の強化を図っている。

揺るぎない理念と変革への意思

歴史を通じて築かれてきた揺るぎない軸と、時代に応じて柔軟に変化していく姿勢を兼ね備え、事業を拡張させてきたことも多くの老舗企業に共通する特徴だ。

1854年創業のマルコメ株式会社は、だし入り味噌をはじめ数々のイノベーションを業界にもたらし、近年は米糀や大豆を用いた製品で消費者の支持を広げ、コロナ禍においても売上を伸ばしている。広報宣伝課の多和彩織氏が、「発酵技術を通じて生活者の健やかな暮らしに貢献するという理念に立脚し、自分たちの技術や知見に基づく範囲内で事業を広げてきた。先行きが見えない時代というのは今に限ったことではないが、私たちは外部環境の変化を踏まえたマーケットインの考え方よりも、自分たちがつくりたいものを世に送り出してきた」と語るように、スピード感を持って挑戦を続ける社風や、「個」を尊重する組織体制によって事業領域を広げてきたことで危機にも動じない企業経営を実現している。

西陣織の織屋として1688年に創業し、1920年代以降は織屋と卸売の両輪で事業を展開してきた株式会社細尾は、西陣織の文化を継承しながら、「着物」から「テキスタイル」、「国内」から「海外」へと視野を広げることで新たな市場を開拓した。「着物市場は年々縮小しているが、日本で培われてきた西陣織や着物には、海外の人たちに知られていない技術や文化が詰まっている。これらを自分たちだけの武器と捉えれば、まだまだ多くのチャンスがある」と語るのは、先日新社長に就任した12代目・細尾真孝氏だ。分業制を基本とする西陣織が育んできた「共創」のDNAをベースに、国境や領域を越えたコラボレーションを次々と行う同社には近年、多様なバックグラウンドを持つ若い職人たちが国内外から集っている。

変化を恐れず、未来のビジョンを描く

海外での展示をきっかけに西陣織のテキスタイルとしての可能性を見出した細尾氏が、「まずは動いてみて、外部からのフィードバックを得ることが大切。それによって自分たちがするべきことが見えてくる」と語るように、失敗を厭わずに新たな試みを続けるチャレンジ精神は、今回取材した全社に共通するものだ。イトーキの藤本氏が、「変わりゆく社会の価値観に追随するのではなく、まずは自分たちが恐れずに変わること。それが時代に先駆けた提案にもつながる」と語るように、「守り」の姿勢に徹したくなる状況でこそ未来を見据え、変化を恐れない行動が取れるか否かがその後の命運を分けるのだろう。また、マルコメの多和氏が、「協力会社には常々、私たちの理念に反さない限り、『してはいけないことはない』と申し上げており、当社が考える課題の解決というより、当社の課題を創出してほしい」と語るように、揺るがない理念のもと、外部に開いていくことによって自らの「変化」を促していくスタンスにも学ぶべき点は多い。

そして、マツダのブランド戦略部の植月真一郎氏が、「これまでの道のりを振り返り、その延長線上にある道筋をステークホルダーと共有するとともに、社員にも自信を持ってもらうことで、未来へとつなげていきたい」と100周年記念事業への想いを語るように、原点に立ち返ることで見えてくる将来の展望のもと、変化を恐れずにオープンな姿勢でチャレンジを積み重ねていくことで、危機の先にある未来が開けてくるはずだ。

マツダは終戦の4カ月後には三輪トラックの生産を再開
終戦直後は、建物の一部を広島県庁や裁判所に貸与するなど広島の復興を支えた。終戦の4カ月後には三輪トラックの生産を再開。マツダは、今も創業の地に密着した企業活動を続けている。
イトーキによる「ゼニアイキ」の発売当時の使用風景
イトーキによる「ゼニアイキ」(金銭記録出納機)の発売当時の使用風景(1913年)。その後、「日商型スチールデスク」(1956年)を製造販売し、後の各種デスクへの道を拓いた。
「金銀箔」「糸染め」
異なる専門性を持った職人や技術者による協業を大切にしてきた細尾は、今も「金銀箔」や「糸染め」といった日本の伝統的な工芸美を伝え続けている。
「糀甘酒」「大豆のお肉」「大豆粉」
マルコメは味噌づくりで培ってきた発酵技術や原料に対する知見を生かし、近年は「糀甘酒」や「大豆のお肉」、「大豆粉」などをつくり、日本はもとより海外にも輸出している。