VUCA時代を生き抜く老舗企業の戦略

CASE❷ 株式会社細尾

「美」の伝統を引き継ぎさまざまな協業から染織文化を革新する

1688年の創業以来、西陣の織屋として歴史を重ね、1920年代以降は帯や着物の卸売業との両輪で、西陣織の芸術性や技術力、着物文化の価値を発信し続けてきた株式会社細尾。近年は、西陣織の素材としての可能性を追求し、世界の名だたるラグジュアリーブランドとの協業を実現するなど、新領域を開拓している。同社のこれまでの歩みと戦略について、代表取締役社長 細尾真孝氏に伺った。

株式会社細尾 代表取締役社長 細尾真孝氏

細尾真孝

株式会社細尾 代表取締役社長

「究極の美」を追求してきた歴史  

当社は1688年に西陣織の織屋としてスタートしました。西陣織自体には1,200年に及ぶ歴史があり、特に京都に都が置かれたおよそ1,000年間は天皇家や貴族、将軍家などを顧客とし、「究極の美」を追求し続けてきました。明治維新によって国の体制が大きく変わったことで一時は窮地に追い込まれましたが、3名の職人がフランス・リヨンに赴き、ジャカード織機という当時最先端のテクノロジーを持ち帰ったことで効率と量産性が向上し、一般の人でも手が届く高級帯という現在の西陣織のイメージが定着していきました。

そして1920年代には9代目・細尾徳次郎が帯や着物の卸売業に乗り出し、以来、織屋と卸売の両輪で事業を展開してきました。

海外出展がもたらした転機

私が家業に戻った2008年頃の着物市場は30年前の10分の1ほどに縮小しており、新しい挑戦が求められていました。こうした中、2008年にフランスの展覧会に出品した西陣織の帯を、ニューヨークの巡回展で目にした建築家のピーター・マリノ氏からの依頼で、「クリスチャン・ディオール」の旗艦店に使うテキスタイルを開発したことが大きな転機になりました。その数年前から、「和柄」を用いたクッションなどの製品を海外の見本市に出展していたのですが、この依頼を通じてラグジュアリーで独特の紋様や質感を持つ西陣織の「素材」としての可能性を見出すことができました。そこで、生地のスタンダードである150cm幅の織機を独自に開発し、テキスタイル事業を本格的にスタートさせました。

近年は国内においてもホテルのインテリアなどに当社の素材が採用される機会が増え、また、2019年に京都にオープンした旗艦店「HOSOO FLAGSHIP STORE」を拠点に、ホームコレクションのリテール事業も展開しています。

染織文化を拡張する数々の試み

この旗艦店に設けられたギャラリーでは、我々のリサーチ部門が大学や研究者と進めている染織文化の研究の成果なども発表しています。また、近年はIT系企業とともにスマートテキスタイルの開発にも取り組んでいますが、これらの背景には、着物の伝統を大切にしながら、染織文化を拡張していきたいという想いがあります。

応仁の乱や明治の遷都などさまざまな歴史的危機に直面しながらも、高度な分業制のもとで「究極の美」を追求してきた西陣織は、常に「美」を最上位概念とし、フラットな「協業」を通じた「革新」によって困難を乗り越えてきた歴史があり、これらは細尾のDNAともいえるものです。今後も、「挑戦し、変わり続けるからこそ伝統になる」との考えのもと、有史以来、人々の心を豊かにしてきた染織や工芸の伝統を引き継ぎながら、「More than Textile」を合言葉に、今の時代にしか表現できない西陣織の「美」を追求し続けていきたいと考えています。

150cm幅の西陣織が織れる織機
世界のテキスタイルの標準幅である150cm幅の西陣織が織れる織機を開発。以来、着物や帯を超えた多彩な分野との協業が可能に。
2016年に開業した「フォーシーズンズホテル京都」
2016年に開業した「フォーシーズンズホテル京都」には、西陣織のテキスタイルが客室やパブリックエリアの随所に施され、日本文化を伝える一助となっている。
多様な工芸技術を採用して建築された「HOSOO FLAGSHIP STORE」
「HOSOO FLAGSHIP STORE」の建築には、西陣織とFRPの最先端技術で開発された、光を透過する西陣織FRPガラス「NISHIJIN reflected」など、多様な工芸技術を採用。