Managemant Eye

「居安思危」を忘れず進化し続ける企業に

「何事も真剣に取り組むことで知恵が生まれる」

伊藤忠商事株式会社 代表取締役社長COO 鈴木善久氏
伊藤忠商事株式会社 代表取締役社長COO
鈴木善久

昨年は、新型コロナウイルスの影響により、さまざまな業界が「変革」を迫られた1年になりました。

コロナ禍に限らず、どんな時代でも企業には「変革」が求められます。それが持続可能な成長を促すからです。

2010年、岡藤正広 現会長CEOが社長に就任した際、非資源分野へのシフト、生活消費分野の強化へと大きく舵を切りました。それから10年、近江商人を源流に、「商い」を通して「三方よし」を実践する生活消費分野に強い伊藤忠商事というアイデンティティが、しっかり根付いたと思います。そして今は、従来の商流を、消費者起点の「マーケット・イン」の発想で、川下から川上へという逆の商流をつくり、新たな「変革」を重ねる時代になっています。伊藤忠商事が他商社にはない「繊維」セグメントを堅持しているのも、衣食住という生活消費分野の「衣」を担う伊藤忠らしい大事な事業だからです。繊維カンパニーにはぜひ、この「変革」を先導していただきたいと思います。

鈴木社長ご自身も、多くの「変革」にチャレンジしてこられました。

大学時代に航空工学を学んでいたことから、入社後まもなく、宇宙関連ビジネスに携わる機会を得ました。1980年代当時のヨーロッパでは、すでに通信衛星打ち上げサービスの民営化が進んでいましたが、日本で同様のビジネス化を予想する人はほとんどいない状況でした。

しかしながら、今後はこうしたサービスが必ず求められると確信し、まだ20代の若輩でしたが、自らフランスへ飛んで交渉を始め、当社は通信衛星打ち上げサービスの代理店契約を獲得できました。その後、日本でも宇宙関連事業の民営化が始まり、多くの打ち上げサービスを受注することになります。先駆的な事業領域への挑戦は、総合商社の醍醐味であり、日本経済の発展にも貢献できることを肌で感じた経験となりました。

コロナ禍という逆境を乗り越え、さらなる成長を続けるために、過去の経験から学んだことをお聞かせください。

2007年、伊藤忠インターナショナル会社(III)の社長時代のことです。当時の米国金融業界は空前の活況を呈していたこともあり、IIIも投資銀行モデルの新規事業に挑戦しました。その矢先、リーマンショックが到来。投資先の企業価値が暴落し、業績も大幅に悪化したのです。当時の私は最悪のシナリオを想定せず、万が一への備えができていなかったと痛感しました。以来、中国の故事に記されている「居安思危、思則有備、有備無患(安きに居りて危うきを思う、思えばすなわち備えあり、備えあれば患いなし)」を胸に刻み、経営に臨むようになりました。

その後、2011年の4月に航空機内装品製造を手掛ける株式会社ジャムコに移った際も、超円高や東日本大震災による工場被災などの難題に直面しました。全社員一丸となって収益力を改善するためにあらゆる手を尽くし、常に円高に備えるなど「危うき」を念頭に経営を続けた結果、2015年には東証一部への指定替え、株価も10倍になるまでに成長したのです。

最後に、逆境にあるアパレル業界にもメッセージをお願いいたします。

社会全体のデジタル化が加速している今、アパレル業界も迅速に、本腰を入れて「マーケット・イン」の考えを実践していただきたいと思います。同時に、昨今のSDGsの流れを捉え、再生繊維「レニュー(RENU)」などの環境配慮型ビジネスも、積極的に進めていく必要があります。こうした先駆的な取り組みは、初めはなかなか利益が上がらないものです。それでも真摯に進めていくことで、近い将来、大輪の花を咲かせることができるはずです。何事も真剣に取り組めば、知恵が生まれます。そこにこそ、新たな商機があると信じています。

伊藤忠商事のセグメント別基礎収益構成比
資源ビジネスに偏らず、非資源分野のビジネスに強みを持つことで、伊藤忠商事は安定的な収益基盤を構築。
第49回ベストドレッサー賞(政治・経済部門)」を鈴木社長が受賞
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