コロナ禍を乗り越える新たな展開の一年に

[スペシャル対談] [インタビュー]伊藤忠商事株式会社
脳科学者/医学博士/認知科学者 中野信子氏 常務執行役員 繊維カンパニー エグゼクティブ バイス プレジデント(兼)ファッションアパレル部門長 清水源也
伊藤忠商事株式会社 常務執行役員 繊維カンパニー プレジデント(兼)ブランドマーケティング第二部門長 諸藤雅浩 ブランドマーケティング第一部門長 武内秀人
准執行役員 繊維経営企画部長(兼)ブランドマーケティング第二部門長代行 橋本徳也

新年あけましておめでとうございます。2020年は新型コロナウイルスに翻弄された1年となりました。緊急事態宣言発出以降、「外出自粛」や「在宅ワーク」などが消費活動にも大きな影響を与え、中でも苦境に立たされた分野の一つがファッション業界です。第一部のスペシャル対談では、脳科学者として多方面でご活躍中の中野信子氏をお招きし、伊藤忠商事の諸藤雅浩常務執行役員 繊維カンパニー プレジデントが、脳科学という視点から、ウィズコロナ、アフターコロナの時代に対し、ファッション業界がどう向き合っていくべきかを伺いました。第二部のインタビューでは、繊維カンパニーの幹部に部門毎の今後の方針などについて取材しました。

中野信子氏 × 諸藤雅浩脳の役割を知ることでビジネスチャンスをつくる

脳科学者/医学博士/認知科学者/東日本国際大学 教授/京都芸術大学 客員教授 中野信子氏

中野信子

脳科学者/医学博士/認知科学者/東日本国際大学 教授/京都芸術大学 客員教授

1975年生まれ。1998年、東京大学工学部応用化学科卒業。2008年、東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年、フランス国立研究所にて博士研究員として勤務し、2010年に帰国。以来、研究・執筆を中心に活動。脳や心理学といった科学の視点から人間社会で起こりうる現象および人物を読み解く語り口に定評がある。『サイコパス』(文春新書)、『脳のアクセルとブレーキの取扱説明書』(白秋社・共著)など著書多数。

脳は、記憶や感情を総合して自分の好き嫌いの主観的な好みを調整しています ── 中野

伊藤忠商事株式会社 常務執行役員 繊維カンパニー プレジデント(兼)ブランドマーケティング第二部門長 諸藤雅浩

諸藤雅浩

伊藤忠商事株式会社 常務執行役員 繊維カンパニー プレジデント(兼)ブランドマーケティング第二部門長

1983年慶應義塾大学・商学部卒、伊藤忠商事入社。輸入繊維部配属。2010年ブランドマーケティング第一部門長、2014年執行役員就任、2016年執行役員 繊維カンパニー エグゼクティブ バイス プレジデント(兼)同部門長。2017年常務執行役員に昇格。2019 年に常務執行役員 繊維カンパニープレジデントに就任。2020年より現職。

アフターコロナの動向を見据えてビジネスモデルをアップデートしていきたい ── 諸藤

人間の脳は負荷を避けて体力を温存する

伊藤忠商事株式会社 常務執行役員 繊維カンパニー プレジデント 諸藤雅浩(以下、諸藤):2020年は「巣ごもり需要」のようなコロナ禍ならではの消費を促す業界が元気だった一方で、観光や飲食など「不要不急」と見なされた業界は、苦戦を強いられました。ファッション業界もその一つで、リアル店舗だけに頼るのではなく、ECへのシフトやデジタル化が一気に加速した1年でした。本日は、脳科学の観点から、ぜひファッション業界を元気にするようなお話をお聞かせください。ちなみに、中野先生は洋服を買われる場合は、店舗派ですか、EC派ですか。

脳科学者/医学博士/認知科学者 中野信子氏(以下、中野):お店は実物を見ながら選ぶ楽しみがあるので、できればお店で買いたいとは思いますが、今はECと半々になりましたね。

諸藤:パンクがお好きだともお聞きしています。当社が扱っている「ヴィヴィアン・ウエストウッド」はパンク・ファッションの生みの親ともいわれていますが、ご存じでしょうか。

中野:もちろん、大好きです。着用シーンは選びますが、若い頃は好んで着ていました。

諸藤:女性の場合は特に、すでにいろいろな洋服を持っているにもかかわらず、なぜか毎年、「着る服がない」と思って新しい洋服が欲しくなるようですね。私たちのビジネスにとっては大歓迎ですが、少々不思議でもあります。

中野:それは「認知負荷」という脳の働きで説明できます。何かを決断するとき、脳には負荷がかかります。それが「認知負荷」で、人間の脳は自分がすでに知っている要素と新しい要素が半々ぐらいだと心地がいいんです。例えば、「着る服がない」と思っているときは、知っている要素が8割ほどあり、新たな知恵を生み出す余力が脳にはない状態。手持ちのものでコーディネートすれば買わずに済むかもしれませんが、コーディネートは新しく見せるための知恵ですから、脳に負荷がかかってしまいます。本来、脳はなるべく力を使わず体力を温存したいので、知恵を生むよりは買ったほうが脳を使わずに済むと判断し、新しいものを買おうとするんですね。

諸藤:脳も、楽をしたいということですね。そもそも物欲には個人差があると思いますが、これは生まれつきなのでしょうか。

中野:「認知負荷」でいうと、知っている要素が多いほうが好きな人と、新しい要素が多いほうが好きな人がいます。新しい要素を好む人は、数は少ないですが、次々といろいろなものを買う傾向にあります。

諸藤:私も、新しいものが出ると買いたいほうですね。スマートフォンも新しいものがいいし、新しいアプリもどんどん入れます。このスマートウォッチも3代目です(笑)。

中野:さすが、ビジネスに携わる方はそうありたいものですね。実は、新しい要素が好きなタイプの人は遺伝的に日本人には少なく、1〜5%くらいなんですよ。

「タイムプレッシャー」があると冷静ではいられない

中野信子氏 × 諸藤雅浩

諸藤:店舗でものを買う場合とECで買う場合、脳にはどんなことが起こっているでしょうか。

中野:例えば、販売員さんのお勧めを断れなくて買うのと、モニター画面に「残り9枚です」とか「これを見ている人が100人います」といった情報を見て思わず「購入する」をクリックするのとでは、違いがあります。人間の脳は、「タイムプレッシャー」や「数のプレッシャー」に弱いんです。脳の前頭前野に「背外側前頭前野」というところがあって、ここは冷静にものを考えて損得を計算する領域です。ところが、「背外側前頭前野」は弱りやすい部分でもあり、寝不足だったりアルコールを摂ったりすると機能が少し落ちるのですが、「タイムプレッシャー」があるときも低下するんです。すると冷静に判断できず、焦ってしまい、ついクリックしてしまう(笑)。

諸藤:なるほど。だから、「200個限定でシリアルナンバー入り」といった商品もよく売れるんですね。日本人は「限定品」にも弱いような気がします。

中野:「タイムプレッシャー」も「限定品」も、「後で買えないかも」という不安が購買欲を煽っているといえます。また、店舗で買うのが苦手という方の中には、販売員さんに「お似合いですよ」と勧められると、買いたい気持ちは6割程度なのに断れなくてつい買ってしまい、結局は後悔するという方がいらっしゃいます。それに対してECでは、購買意欲が同じ6割程度で「タイムプレッシャー」に負けて買ったとしても、後でそれがあまり嫌に感じないというのが面白いところです。これは、相手に対して断ることは、自分の気持ちにもダメージを受けやすいためで、対人関係において「ノー」をあまり言わない日本人には、もしかしたらECのほうが向いているのかもしれません。

諸藤:だから接客が難しいんですね。お客様に遠慮していると帰られてしまうし、あまり話しかけても面倒くさいと思われる。優秀な販売員は、常に相手の表情を見ながらタイミングを見計らっていて、あえて「それは似合いませんよ」と話しかけ、理由を明らかにしながら「こちらのほうがすっきり見えてお似合いです」などと勧める。そうすることで、信頼関係をつくっていくそうです。

中野:コミュニケーション力を磨くというのは、かなり脳を使うことになりますね。