コロナ禍を乗り越える新たな展開の一年に

ブランドの認知は「背外側前頭前野」

大脳新皮質の表面と前頭前皮質の主な構造

諸藤:ブランドは、脳の中でどのように認知されるのでしょうか。

中野:「ペプシ・チャレンジ」という広告キャンペーンで、ブランドが脳に与える影響について調査をした研究成果があります。「コカ・コーラ」と「ペプシコーラ」で、ブランドのラベルなしで味の好みを調べると、味は「ペプシコーラ」のほうが好みという人がそれなりにいました。ところが、ブランド名がわかった状態で味の好みを調べると、「コカ・コーラ」のほうが好きだと答える人が増えたんですね。そのときの脳の活動を測ると、答えを変えた人、つまりブランド名に味が左右された人は、先ほど話した「背外側前頭前野」が活性化していました。要するにブランドの認知は、「背外側前頭前野」で行われているということがわかったのです。「背外側前頭前野」は、周囲からの見え方、これを好きだと言う自分のイメージや将来性など、さまざまな記憶や感情を総合して、自分の好き嫌いの主観的な好みを調整しているんです。

諸藤:そんな複雑なことを無意識にやっているわけですね。

中野:「ノーブランドの服よりも、ブランドの服を着ていたほうが相手に対して失礼ではないから」といったことも同様に、計算はすべて「背外側前頭前野」で行っています。

諸藤:中野先生は、著書の中でも「ブランドをなるべく着たほうがいい」っておっしゃっています。私たちにとっては、とてもうれしいお話です。

中野:実は、人間の脳はあまり性能が良くなくて、価値が測れないんです。ではどうやって価値を測るかというと、尺度がすでにわかっているものさしで比べるんですね。例えば、高級ブランドの服を身に着けている人は、それだけのものを買える余裕があり、そのブランドの価値をわかって着こなせる知性のある人だというふうに見るわけです。

諸藤:百貨店も同じですね。例えば、かつて贈答品などは老舗百貨店の包装紙で贈ることに価値がありましたが、最近の若者は、百貨店に対するプレステージを与えてくれない。

中野:百貨店がものさしではなくなったんですね。何がものさしなんでしょう。

諸藤:SNSなどによる口コミのほうが強いですね。

中野:30年前の美人と今の美人の基準が違うように、一世代前の人たちが基準にしていたものを基準としては使いにくいという思考があります。先ほど、主観的な好みを見分ける「背外側前頭前野」のお話をしましたが、目の凹みのちょっと上にある「眼窩前頭皮質」でも、この水は美味しい、このデザインは好きだといった好みを決めています。さらにその少し奥に「内側前頭前皮質」があり、ここでも好みや美しさを判定するのですが、この「内側前頭前皮質」は頻繁に基準を更新していくんです。なぜ更新するのかは、まだよくわかっていませんが、一つの仮説として、「それが格好いい」という「正」の情報が蓄積されて、ある程度貯まると更新すると考えられています。

諸藤:インターネット時代は情報量が増えているので、更新も早くなりそうですね。

中野:はい、情報量が多いほど更新頻度が早くなり、すぐに古くなってしまいます。そういう意味で、これからの時代は、百貨店にしてもブランドにしても、定期的に基準を更新していくという工夫が必要になってくるのかもしれません。個人的には、百貨店に、複数のブランドを扱う強みを生かして、洋服のコーディネート提案をしていただきたいですね。先ほどお話ししましたが、コーディネートは脳に負荷がかかるので、その代替をしてくださるとうれしいなと。また、自己肯定感の高い、低いはスタイリングに依存するところが大きいので、プロのアドバイスは自信にもつながると思います。

「世間」の割合が多い日本人の倫理基準

中野信子氏 × 諸藤雅浩

諸藤:コロナ禍での消費マインドについてはいかがでしょうか。

中野:今、アート業界がバブルなんです。展示会はまだ厳しいのですが、ギャラリーではとても売れていて、関係者は誰もが「かつてこんなことはなかった」と話しています。旅行や食事に行かない分、「おうち消費」が多くなり、アートをインテリアとして飾りたいというニーズが増えているんですね。消費マインドそのものは、さほど落ちてはいないのではないでしょうか。

諸藤:一足先に回復基調にある中国では、「独身の日」というネットセールが行われ、中国EC大手アリババでは売上が7兆円超を記録しました。みんなお金を使いたくてウズウズしているのかもしれませんね。私たちもアフターコロナの需要や動向を見据えて、ビジネスモデルをアップデートしていかなくてはなりません。そのため、昨年、プレジデント直轄組織として繊維デジタル戦略室を立ち上げました。特に、アパレル業界はまだまだデジタル化が遅れていますので、OMO戦略など、さまざまな取り組みを進めています。

また、最近は若い世代を中心にサステナブルへの反応も高まってきています。当社でも、繊維から繊維へ再生する「レニュー(RENU)」プロジェクトなどを通して、原料から製品までのサステナブルな取り組みを強化しています。ただ、サステナブルな取り組みが実際の消費行動にどの程度つながるかが今後の課題です。

中野:面白いことに、物事が優等生的になると、むしろダサく感じるという傾向があります。「格好いい」と「正しい」という価値が食い合うんですね。「格好いい」を「正しい」が食っちゃうと、「ちょっとダサい」と感じるようになるんです。特に、日本人の倫理基準は、周りの人の基準を敏感にフィードバックしながら決まりますので。

諸藤:確かに日本人は「世間」を大切にしますし、その分、どうしても右倣えになりがちですね。

中野:欧州人と日本人の倫理基準の決め方で何が大きく違うかというと、「世間」というものの割合の多さです。欧州人の倫理基準はキリスト教など一貫して維持されているものがあり、SDGsという新たな「正しい」が入ってきてもそれほど「格好いい」を食わないんです。日本人の場合は、そもそも「世間」の割合が多いので、他の基準を入り込ませると「格好いい」が犠牲になってしまう。「世間」自体にSDGsを混ぜ込んで、「みんながやっているから、やらないほうがダサいでしょう」くらいの風潮が生まれるといいですね。

諸藤:サステナブルを消費につなげるためには、自然にそうした雰囲気を醸成することが重要なんですね。2021年もデジタル化とサステナビリティへの対応を強化していきたいと考えていますので、微力ながら、当社もその一助になりたいと思います。本日は、貴重なお話をありがとうございました。