都心部で存在感を強める郊外型ビジネスの新戦略

取材先(社名50音順)

イケア・ジャパン株式会社 広報リーダー 新井里美氏 くら寿司株式会社 広報宣伝IR本部 広報部 辻 明宏氏
株式会社シャトレーゼ 広報室 室長 中島史郎氏 / 商品企画開発部 部長 白須 暁氏
イケア・ジャパン株式会社 広報リーダー 新井里美氏
くら寿司株式会社 広報宣伝IR本部 広報部 辻 明宏氏
株式会社シャトレーゼ 広報室 室長 中島史郎氏 / 商品企画開発部 部長 白須 暁氏

近年、郊外型出店戦略によって堅実に成長してきた企業の都心部進出が相次いでいる。コロナ禍においても好調を維持するこれらの企業は、ロードサイド店ではアプローチしにくかった層をターゲットにした都心型の新業態を打ち出すなど、新規顧客の獲得を通じたビジネスのさらなる拡大を図っている。本号では、コロナ禍によって都心部における小売・飲食店などの苦戦が目立つ中で果敢なチャレンジを続け、アフターコロナ時代の新需要を見据えた戦略を描く企業への取材を通じて、これからのビジネスのヒントを探る。

積み上げてきた資産を生かして新たな需要の獲得へ

都心部進出で発信力の強化を図る

都心部への人口集中、少子高齢化などの流れを受け、郊外を中心に出店してきた企業による都心部進出の動きが目立ち始めている。山梨県甲府市で創業し、製販一体型のビジネスモデルで業績を伸ばしてきた株式会社シャトレーゼは、2019年に都市型プレミアムブランド「YATSUDOKI(ヤツドキ)」の1号店を銀座にオープンした。同社広報室 室長 中島史郎氏は、「都市部における認知度を高めていくことは、結果として『シャトレーゼ』のブランド価値向上につながる。加えて、スイーツ激戦区の銀座にあえて1号店を構え、都心部でどこまで勝負できるかを検証したいという、創業者の強い想いがあった」と出店の経緯を振り返る。メニュー監修に有名パティシエが関わるなど都市部のニーズを見据えたオリジナル商品を中心に展開する「YATSUDOKI」は、東京、大阪を中心に15店舗まで展開を広げている。

シャトレーゼの「YATSUDOKI」が郊外型店舗で獲得し得なかった男性のビジネスパーソンからも支持されているように、都心部出店は新たな顧客との接点になる。2020年に東京の原宿、渋谷に立て続けに都心型店舗をオープンしたイケア・ジャパン株式会社は、世界規模で都心部への出店を推進している。同社の広報リーダー 新井里美氏は都心型店舗が担う役割について、「都心部にタッチポイントをつくることで、郊外店に訪れたことがなかったお客様にもイケアを体験していただける。家がこれまで以上に大切になる中で、より多くのお客様にホームファニッシングのソリューションとインスピレーションを提供していきたい」と語る。売場面積が限られる都心型店舗においては、仕事の合間などに気軽に利用できるコンパクトかつ利便性の高い店舗体験の提供に力を入れていく構えだ。

都心部でも生かされる企業の資産

これまでも都心の一部に出店していたくら寿司株式会社は、2021年1月に渋谷駅前店、西新宿店を同時オープンし、都心部への出店を本格化させている。その後押しとなったのは、「無添」のこだわりや防菌寿司カバーの導入、2020年に実現した完全非接触型店舗など、安心・安全に対する業界に先駆けた取り組みだ。同社広報部の辻 明宏氏が、「SARSやノロウイルスなどの流行を受け、早い段階から飛沫感染、接触感染への対策を進めてきた。安全・安心への設備投資を行いながら、無借金経営でビジネスを成長させてきたことが今回の都心部進出につながった」と語るように、時間をかけて積み上げてきた企業の資産がコロナ禍にあっても新たな戦略を打ち出す布石になっている。

素材や製法、価格を自らコントロールできる製造小売の強みを活かし、都心部においても競争力を獲得しているシャトレーゼの商品企画開発部 部長 白須 暁氏は、「新型コロナウイルスの影響で、大小問わず都心部に空き物件が出てきている。以前はビジネスを展開しにくかったような場所からもお声がかかるようになり、私たちとしてはチャンスをいただけたと感じている」と語り、「シャトレーゼ」ブランドの都心部進出にも意欲を見せている。

一方、都心部からオフィスワーカーが減少している状況を鑑み、「YATSUDOKI」においては住宅地を中心とした出店計画にシフトするなど、新型コロナウイルスによるビジネス環境の変化は、都心部出店を推進する各社にもさまざまな影響を与えている。

コロナ収束後を見据えたビジネス戦略

コロナ収束後の社会を見据えた「ビヨンド コロナ」の新戦略を打ち出しているくら寿司の辻氏は、「お店で特別な体験を提供できることがレストランを運営している私たちの最も大きな強み。今後もくら寿司が大切にしているエンターテインメント性に富んだ食体験を提供していきたい」と語り、その重要な拠点として都心部の店舗を位置付けている。コロナ禍によってニーズが急増したテイクアウトやデリバリーの売上を維持しながら、昨年オープンしたグローバル旗艦店の浅草ROX店や、大阪・道頓堀に開業予定の同2号店などを通じてくら寿司ならではの食体験を提供し、同時に安全・安心への対策を徹底していくことで、コロナ後に高まるであろうインバウンド需要の取り込みを図る。

世界初となるベジドッグの専門ビストロを設置し、給水スポットなどを備えるIKEA渋谷に続き、今春、3店舗目の都心型店舗となるIKEA新宿のオープンを予定しているイケア・ジャパンは、同店においてもプラントベースのフードやサステナブルな商品の提供に注力することを明らかにしている。イケア・ジャパンの新井氏が、「都心型店舗では、私たちが打ち出すメッセージをこれまで以上に便利なロケーションで多くのお客様に体験していただける。気軽に店舗に立ち寄ってベジドッグを食べたり、給水をするなど、日常の暮らしにサステナビリティを取り入れていただけたら」と語るように、都市生活者の暮らしに寄り添いながら、企業のメッセージを広く発信していく場として都心型店舗を位置付けている。

高い人件費や賃料に加え、コロナ禍による人の流れの変化など、都心部でのビジネスにはさまざまな課題がある。しかしながら、アフターコロナを見据え、時間をかけて培ってきた資産を生かして新たな需要の獲得に果敢に挑む各社の姿勢に、今後の事業活動を考えるうえで学ぶべき点は少なくないだろう。

IKEA渋谷
2020年11月にオープンしたIKEA渋谷。世界初の7階建ての店舗では、フロアごとに異なる都心暮らしのソリューションを提案している。
くら寿司浅草ROX店
2020年にオープンしたグローバル旗艦店であるくら寿司浅草ROX店。非接触型サービスの導入などで、コロナ後に高まるであろうインバウンド需要も狙う。
YATSUDOKI吉祥寺店
2021年1月にオープンしたYATSUDOKI吉祥寺店。工房で焼き上げるパイの香りに誘われて、多くの通行人が店の前で足をとめる。