消費者の共感を得るエリア開発最前線

取材先(社名50音順)

株式会社散歩社 代表取締役CEO 小野裕之氏 寺田倉庫株式会社 不動産事業グループ グループサブリーダー 城田明洋氏
平和不動産株式会社 開発推進部 課長代理  伊勢谷俊光氏 / ビルディング事業部 課長代理 山根拓馬氏
株式会社散歩社 代表取締役CEO 小野裕之氏
寺田倉庫株式会社 不動産事業グループ グループサブリーダー 城田明洋氏
平和不動産株式会社 開発推進部 課長代理  伊勢谷俊光氏 / ビルディング事業部 課長代理 山根拓馬氏

渋谷や銀座、青山、六本木など誰もが知るメジャーな商業地域とは異なる、東京のローカルエリアが密かな注目を集めている。これらのエリアには、均質化を招きがちな繁華街における大規模開発とは一線を画すアプローチで、その街ならではの独自性を発信している店舗や企業の存在がある。コロナ禍によって消費者の行動様式が変化する中、エリアの認知度やアクセス面での課題などを乗り越えて新たな人の流れを生み出し、地域の活性化と事業の成長を両立させている企業や施設の担当者への取材を通じて、現代の消費者から共感を得る地域づくり、エリア開発の最前線に迫る。

街の個性を発信して人の流れを呼び込むアプローチ

街の資産と特色あるコンテンツの融合

コロナ禍によって消費のオンラインシフトが加速する中、外出を伴う消費行動においては、そこでしかできない体験、出会えない人という要素がこれまで以上に重要な動機になりつつある。

こうした中で、「アート」という明確なテーマを打ち出し、本社を置く天王洲アイルをかつての倉庫街、オフィス街からアートの街に変貌させ、新たな層を呼び込んでいるのが寺田倉庫株式会社だ。数々のアート関連施設を運営し、さらに展覧会やイベントの開催、企業の誘致などを通じて街とのさまざまな接点をつくり出してきた同社の不動産事業グループ グループサブリーダー 城田明洋氏は、「天王洲には特定のアート関連施設を目的に訪れるという声が多い。今後は複数ある施設間の連携を強め、あらゆるアートに触れられる街としてより楽しんでいただけるようにしていきたい」と語り、エリア内の回遊性を高めていくことでアートの街としてのさらなる価値向上を見据えている。

寺田倉庫が運河や倉庫という街に備わっていた資産と、アートという独自のテーマを掛け合わせたことと同様に、証券の街として知られる兜町においても、歴史的な建造物と個性豊かな飲食コンテンツを融和させ、賑わいを創出している企業がある。ホテルと飲食機能を兼ね備えた「K5(ケーファイブ)」を起点とし、日本橋兜町界隈に特色ある飲食店を次々と誘致した平和不動産株式会社だ。同社ビルディング事業部の課長代理 山根拓馬氏は、「消費者がSNSで得た情報をもとに、目的を持って行動する時代だからこそ、どんな『個人』が来てくれるのかという観点を重視した。多くの事業者は、歴史的建造物が多い証券・金融の街に異色のものを展開することをポジティブに捉えてくれた」とテナント誘致の経緯を振り返る。SNSによってエリアを問わず集客が可能になった今、かつての証券街には、そこにしかない体験を求める高感度な若者たちが集っている。

事業者の挑戦を支援するエリア開発

小田急小田原線の地下化によって生まれたエリア「下北線路街」の開発を進める小田急電鉄株式会社は、「サーバント・デベロップメント(支援型開発)」という独自のスタイルを掲げている。この一画に開業した複合施設「BONUS TRACK(ボーナストラック)」では、賃料を抑え、事業者のチャレンジを応援することを目的にした店舗・住宅一体型のSOHO棟などに個性豊かなテナントが入居し、街の新たな名所となっている。施設の運営を担う株式会社散歩社の代表取締役CEO 小野裕之氏は、「厳しいビジネス環境の中、各事業者には専門特化が求められている。『BONUS TRACK』では、各テナントが助け合いながら、それぞれの強みを発揮していける環境や文化をつくっていきたい」と語るように、店舗間での情報やリソースの共有に加え、散歩社が経営や人材育成面などを支援することで、施設全体のレジリエンスを高めている。

日本初の銀行や証券取引所が生まれた経緯から、平和不動産が「コト始めの街」と位置付ける日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクトにおいても、新たなチャレンジの支援や店舗間の連携が重視されている。「競合」ではなく「協業」を掲げ、店舗づくりにおいても各テナントの自主性を尊重してきた同社の山根氏は、「箱型の商業施設のような業種業態のバランスはあまり意識せず、時に事業者側の意見も聞きながら、周囲と上手く連携できそうなテナントを誘致してきた。その結果、自然に横の連携が生まれ、醤油の貸し借りができるような関係が築かれている」と語るように、自然発生的に起こる店舗間のコラボレーションが街に新たな文化やコミュニティを育み、地域全体の魅力向上に寄与している。

意欲的な取り組みがエリア独自の価値を生む

平和不動産が兜町に足りない「インフラ」として飲食コンテンツに注力したことや、「BONUS TRACK」が近隣飲食店のテイクアウト拠点としての場を提供することで、コロナ禍で遠出ができない地域住民のニーズを満たしたように、エリア開発においては地域との関係構築も忘れてはならないポイントだ。寺田倉庫の城田氏が、「倉庫業の枠を超えて新たな文化を創造するという理念のもと、アートを地域活性の軸に置いてきたが、そこには当然周囲の理解や協力が不可欠。自治体や周辺企業との連携を強化し、地域の方たちのシビックプライドを醸成していくような取り組みをしていきたい」と語るように、地域との共生なくして魅力あるエリアづくりは実現できないだろう。

「BONUS TRACK」が、音盤においてアーティストが実験的な表現をしやすい「ボーナストラック」を施設名の由来にしていることに象徴されるように、今回取材した各社は街というフィールドにおいて前例のない意欲的なチャレンジに取り組み、わざわざ足を運びたくなる地域の魅力をつくり出してきた。マスターリース契約によって事業リスクを負うことで、新しい運営手法や個性あふれるテナント誘致を実現した散歩社の小野氏は、「一定の自由度があり、チャレンジができる機会を生かして先行事例をつくっていくことが大切。『BONUS TRACK』のような開発手法が社内外で評価されていくことが、次への事例につながっていく」と語る。たとえ小規模でも紋切り型ではないエリア開発に取り組み、その街独自の価値や文化をつくり出そうとする姿勢が、新たな人の流れやビジネスの芽を生み出すことにつながるのだろう。

下北沢、兜町・茅場町、天王洲の位置関係位置関係
街の独自性から密かな注目を集めている天王洲、下北沢、兜町・茅場町エリア。
天王洲
天王洲は、1980年以前は倉庫街として知られ、現在ではウォーターフロントというロケーションを生かした最先端スポットに。
下北沢
私鉄各線が都心と直結し、交通の便がいいことから、下北沢は商業地として栄え、若者の街として、今も人気が高い。
兜町・茅場町
明治以来、証券や金融の機能を有する兜町・茅場町。投資家が集い、情報が交流する場であり、今も進化し続けている。