急伸するメンズビューティ市場

取材先(社名50音順) 資生堂ジャパン株式会社 メンズ・ヘア・ボディマーケティング部 アシスタントブランドマネージャー 松尾慈幸氏
株式会社レスプリ 取締役 商品事業部長 兼 営業部長 長島幹孟氏
株式会社ロフト 商品部 健康雑貨部 企画担当 田中 勇氏
メンズコスメ・バイヤー 廣末将太氏
COLUMN 株式会社電通テック +tech labo 堀かおり氏

昨今加速する「ジェンダーレス」の潮流や、多様な「個」が尊重される時代の追い風を受け、これまで女性だけの特権と見られてきたビューティ分野においても、男性のニーズが急速に高まっている。ファッションの延長としてメイクを積極的に取り入れる若者たちから、コロナ禍における身だしなみとしてスキンケアに気を使うようになったビジネスパーソンまで、さまざまな要素が相まってメンズビューティ市場が拡大傾向にある中、男性の美意識を触発する新たな商品やサービスを展開する各社への取材を通じて、「男の美」の現在地を探る。

若者を中心に男性も「美」を求める時代へ

ポジティブにメイクと向き合うZ世代

近年、有名化粧品メーカーやファッションブランドから男性向けコスメが続々とリリースされ、百貨店などが売場を拡大するなど、メンズビューティ市場が盛り上がりを見せている。

2018年に、Z世代の男性をターゲットにした美容コミュニティ「Boys Beauty」をLIDDELL(リデル)株式会社とともに立ち上げた株式会社電通テックの開発型組織+tech labo(プラステックラボ)でビジネスプロデューサーを務める堀 かおり氏は、「周囲の目もあり、男性がコスメを買ったりメイクをするという行為は、心理的ハードルが高いものだった。しかし、人気ブランドによるメンズコスメのリリースが相次ぎ、メンズコスメに関するCMやSNSの話題が目立つようになったことで、美容に興味を持つ男性が増えている」と市場拡大の背景を分析する。現在同社では、美容情報を発信するInstagramアカウントの運用やイベントの開催に加え、蓄積した知見を活用したソリューションプランを企業に提供するなど、活性化する市場においてビジネスを拡げつつある。

ファッションやヘアアレンジの延長でメイクを楽しむ傾向が強いZ世代の男性から大きな支持を得ているのは、人気メンズヘアサロンLIPPS(リップス)が2019年に立ち上げたコスメブランド「LIPPS BOY(リップスボーイ)」だ。企画開発を行う株式会社レスプリの商品事業部長兼営業部長 長島幹孟氏が、「ヘアサロンを訪れるお客様の中には髪だけではなく眉も整えたいという方なども多く、美容意識の高まりを感じている。『美しくなりたい』という女性の欲求とは異なる、男性ならではの美容へのこだわりや繊細な心情に応えられる製品づくりを心がけている」と語るように、現場のニーズをよく知るサロンスタッフの協力を得ながら、製品の機能からパッケージのデザインまで一貫して男性の美意識に寄り添った開発を行っている。

市場の裾野を広げる各社の取り組み

メンズコスメ市場の隆盛を語る上で欠かせない存在になっているのは、大手雑貨チェーンの株式会社ロフトだ。他社に先駆けてメンズコスメ売場を拡大し、「LIPPS BOY」をはじめ人気ブランドの先行販売や新進ブランドの取り扱いなども積極的に行っている同社のメンズコスメ・バイヤー 廣末将太氏は、「ナチュラルに仕上がるBBクリームなどがよく売れているように、メイクをしていることを悟られたくない男性は多い。これまでコスメ売場は多くの男性にとって近寄りがたいものだったが、雑貨店の中に男性向けの売場をつくることで、より広い層に訴求できる」と話し、「コスメフェスティバル for MEN」をはじめ市場の裾野を広げるイベントの開催などにも力を入れている。

美容業界のリーディングカンパニー、資生堂が2019年にリリースしたBBクリーム「ウーノ フェイスカラークリエイター」は、メンズ美容市場随一のヒット商品となっている。身だしなみの一環として男性のスキンケアやメイクの浸透を図る資生堂ジャパン株式会社のメンズ・ヘア・ボディマーケティング部 アシスタントブランドマネージャー 松尾慈幸氏が、「リモート会議の影響などを受け、働く男性たちの間でも美容意識が高まっている。現在、当社のフェイスケア商品のユーザーの中には、10代から20代前半の頃に『ウーノ』のヘアスタイリング剤を使われていた方も少なくない」と語るように、約30年の歴史を誇る「ウーノ」やグローバルブランドとしての資生堂の圧倒的な知名度やブランド力は、まだ美容リテラシーが高くない多くの男性たちに大きな安心感を与えているようだ。

メンズ美容市場攻略のカギは何か

未成熟なメンズビューティ市場においては、消費者の啓発は各社共通の課題だといえるだろう。以前から企業向けのメンズコスメセミナーなどを行ってきた資生堂ジャパンの松尾氏が語る「当社の商品によって顔の印象が変わることを体感された男性の多くは、ポジティブに反応されていた」という言葉が示すように、実体験を通じて美容に対する意識や行動が変容する男性は少なくないようだ。

リアルな体験の場とともに消費者との接点として欠かせないのは、SNSをはじめとしたオンライン上のコミュニケーションだ。ロフトの健康雑貨部で企画を担当する田中 勇氏は、「SNSを通じて若い男性の心をつかんでいるコスメブランドも増えており、当社の店舗においてもオンラインで情報を得てから来店される方が多い」と語り、今後も実店舗への動線として自社アプリやSNSを活用していく構えだ。

電通テックの堀氏が、「メンズビューティ市場はトレンドの移り変わりが少ないことが特徴。だからこそ、ユーザーと継続的につながってインサイトを深掘りし、商品の訴求や開発に生かしていきたい」と話すように、オンライン・オフラインを問わずファンコミュニティを形成していくことも、メンズビューティ市場攻略における重要なカギとなりそうだ。

市場における絶対的なリーダーがいまだ不在で、新興D2Cブランドや韓国コスメなどの台頭も目立つ中、レスプリの長島氏が、「若い男性たちの繊細な感性をさらに商品開発に生かしていくことで、将来的には日本のメンズビューティを世界にもっと発信していきたい」と意気込むように、日本人ならではの美意識を生かした国内発のメンズビューティビジネスが世界を席巻する日を期待したい。

メンズビューティの歴史
資生堂ジャパンによる「来たるべき2020年代 セルフプロデュースのために、男性がメイクをする時代へ」と題したメンズビューティの歴史より要約。男性の美意識の変遷がわかる。
男性のメイクをオープンに発信しているレスプリ
レスプリでは、サロンでの接客やSNSを通して、男性のメイクをオープンに発信し、ハードルを下げる取り組みを行っている。
渋谷ロフトのメンズビューティコーナー
渋谷ロフトのメンズビューティコーナー。スキンケアやヘアケアからメイクまで、多彩な商品が並ぶ。