SDGsから見える今後のビジネス

SDGs対談❸ :ジェンダー

ファッション業界に広がりつつあるジェンダーレスという潮流

環株式会社INFASパブリケーションズ 『WWDJAPAN』 編集長 村上 要氏

村上 要

株式会社INFASパブリケーションズ 『WWDJAPAN』 編集長

むらかみ・かなめ 東北大学教育学部を卒業後、静岡新聞社会部の記者を経て渡米。ニューヨーク州立ファッション工科大学(F.I.T.)でファッションコミュニケーションを学ぶ。帰国後、INFASパブリケーションズに入社。2017年4月「WWD JAPAN.com」編集長に就任。2021年4月より現職。

既成概念が壊れつつある今ジェンダーレスも必然の流れ (村上)

伊藤忠商事株式会社 繊維カンパニー 執行役員 ブランドマーケティング第二部門長 武内秀人

武内秀人

伊藤忠商事株式会社 繊維カンパニー 執行役員 ブランドマーケティング第二部門長

男女でフロアが分かれる売場の在り方自体も見直す時期に (武内)

あらゆるものをフラットに捉える価値観

武内私は1988年の入社以来、長らくブランドビジネスに従事してきました。30代前半に米国に事業会社を設立して「ヴィヴィアン・ウエストウッド」の旗艦店をオープンし、小売と卸販売にチャレンジした際に、さまざまな国籍やバックグラウンドのメンバーと一緒に仕事をしたことがあります。これは自身のキャリアにおいて非常に大きな経験になりましたし、今回のジェンダーというテーマにも少しつながるかもしれません。

村上僕も大学生の頃から「ヴィヴィアン・ウエストウッド」のスカートやシューズを履いていました。当時から「ヴィヴィアン・ウエストウッド」や「コムデギャルソン」、「ジャン=ポール・ゴルチエ」などは男性のスカートを提案していましたが、これは、ジェンダーにおける既成概念を覆すためのファイティング・ポーズのような表現だったと思います。一方、最近もスカートを履く若い男性は多いですが、彼らに話を聞くと、先達のように何かに抗おうという気は毛頭なく、単純に「カッコ良いから」、「自分に似合うから」という理由で選んでいます。同じような感覚でメイクをする男性も増えていて、そこにはメインカルチャー、カウンターカルチャーといった線引きはありません。

武内最近の若い世代にはジェンダーなどにとらわれず、「好きなものは好き」という人たちが増えているように感じますし、「男らしさ」、「女らしさ」という概念もなくなりつつありますよね。

村上「フェミニン」や「マスキュリン」という言葉をメディアで使うことも難しくなっています。今の30代以下の世代にはあらゆるものをフラットにミックスする感覚がありますし、ジェンダーレスの流れもそうした価値観の中に位置づけられるものなのだと感じています。

男女を問わず洋服を共有する「シェアードワードローブ」

武内ファッションの分野において、ジェンダーレスの流れはどのように広がってきていますか。

村上セレクトショップや百貨店などでは、5、6年ほど前からメンズ売場で小ぶりなバッグを買う女性や、大きなサイズの女性用スニーカーを選ぶ男性などが増えています。私たちは「シェアードワードローブ」という言葉を使っているのですが、男女のカップルがアクセサリーやコスメ、コートなどを共有する流れも強まっています。その中で注目しているのは、あえてジェンダーを打ち出さない「ジェンダーニュートラル」のアイテムです。解釈の余地があり、使い手を限定しない製品やブランドは、あらゆる世代、ジェンダーの人が自由に共感して好きになることができ、結果的に市場が広がっているように感じています。

武内「シェアードワードローブ」が広がっている背景には、サステナビリティへの意識もあるのでしょうか。

村上どうせモノを買うなら無駄にしたくない、長く使いたいという思考も働いていると思います。こうした考え方は若い世代ほど顕著ですし、背景には将来の地球環境への危機感があります。ファッション業界は、年に2回行われるファッションショーというシステムを通じて短いサイクルで製品の価値を高め、毀損するということを繰り返してきましたが、新しいことだけが価値ではありません。これからは「シーズンレス」の流れも進むでしょうし、TPOを問わず、あらゆる体型の人に開かれた、「いつでも」「どこでも」「誰でも」着られるものであることが、より重要になってくるはずです。

武内メンズとレディスの生産スケジュールがズレていることも、効率的とはいえないですよね。

村上そうですね。ファッションショーにしても男女で分ける必要性が年々薄まってきているように感じています。コロナ禍で日本にいながらパリコレクションに参加しているブランドなどもある中で、そもそもパリコレとは何かという話にもなってきます。さまざまな既成概念が壊れつつある今、ジェンダーレスというのも必然の流れなのだと思います。

ジェンダーレス化で変わる売場

武内百貨店などでは男女の売場がフロアで分かれていますが、こうした部分も見直す時期に来ているのかもしれません。

村上消費者の志向に売場が追いついていないところがありますよね。一方で、最近はコンバイン型の店舗も増えていますし、メンズ、レディスの垣根なく商品が並べられた渋谷パルコの「グッチ」なども話題になりました。

武内コンバイン型の店舗はわかりにくいという意見もあるかもしれませんが、選択肢を狭めないことは大切ですし、探すという行為を楽しめるといいなと思います。

村上若い世代の中には、何かを探したり調べたりする行為自体を楽しんでいる人が多いと感じます。ECサイトでも最初にメンズ、レディスを選ぶことで、商品の選択肢が半減することを嫌がる人が増えています。

武内必ずしも「わかりやすさ」が消費者へのサービスになるわけではないということですね。

村上そうですね。また、接客におけるジェンダーへの配慮もより求められるようになってきています。例えば、化粧品売場に来た男性に対して、安易に「プレゼント用ですか?」と聞かないようにするなど、些細な言動で傷ついてしまう人がいるということに配慮したコミュニケーションも不可欠になると思います。

武内ジェンダーに限らず、消費者の価値観が大きく変わる中、今後、商社に期待したいことがあればお聞かせください。

村上小さなブランドやビジネスを支えるプラットフォームのような存在になっていただきたいなと思っています。商社は幸せな社会をつくる仕事だと思っているのですが、かつてのように多くの人たちが共通の対象に興味や関心を抱いていた時代には、一つのボールを大きくしていくようなビジネスが社会の幸せにつながっていたかもしれません。しかし今は、個々人のやりたいことが否定されずに続けられるということが非常に大切だと思いますし、小さなボールにもポテンシャルを見出し、それらをたくさんハンドリングしていくようなビジネスが、幸せな社会づくりに貢献する一つの手段になるのではないでしょうか。

近影
「WWDJAPAN」
『WWDJAPAN』では、ジェンダーにまつわる既成概念を超えるファッションを取り上げるなど、ジェンダーレスを意識した内容も積極的に発信している。(写真は2020年2月10日発行「2020‐21秋冬メンズ・コレクション」特集号)