今、ソーシャルビジネスを考える 〜社会の課題解決に挑む〜
【Insight】— Special Feature —
ソーシャルビジネスの広がりと日本の現状
環境や人権、貧困などさまざまな社会的問題が顕在化する中、事業を通じてこれらと向き合うソーシャルビジネスへの注目度は急速に高まっているが、その成り立ちや在り方、プレイヤーなどは多岐にわたる。CSRやサステナビリティ経営などの観点から企業と社会の関係を研究してきた谷本寛治教授に、ソーシャルビジネスの歴史的背景や各国の動き、日本における現状や課題などを聞いた。

谷本寛治 氏
早稲田大学 商学学術院商学部 教授
地域で異なるソーシャルビジネスの背景
1980年代以降、ビジネスを通じて社会的課題の解決を図る企業が欧米を中心に台頭してきましたが、歴史的背景は地域ごとに異なります。アメリカでは、ベトナム戦争やアパルトヘイトなどが契機となり、政治や人権、環境などの諸問題が顕在化してきた1970年代に、企業の社会的責任を問うCSRの議論が活発になりました。そして、これらに対する一つの回答として、伝統的な資本主義に根ざしたビジネスを代替するようなビジネスを展開するアベダやパタゴニアなどの企業が注目されるようになりました。
ヨーロッパでは1980年代以降、イギリスのサッチャリズムに代表される「小さな政府」を志向する政策によって貧富の格差が広がったことや、中東や旧東側諸国からの移民、難民が多く流入し、失業率が高まった時代背景が大きく影響しています。こうした状況下で、イギリスを始めとした各国政府が公共サービスにおける官民連携を推進したことが、ソーシャルビジネスの発展につながりました。
注目されるビジネスとしての可能性
現在のソーシャルビジネスを考える上では、社会起業家によるベンチャービジネスのみならず、既存の企業の取り組みにも目を向ける必要があります。1990年代以降に持続可能な発展に関する議論が広がり、企業に期待される役割は大きく変わっています。さらに近年はCSRやSDGsなどの観点から、自社の技術やネットワークなどを生かして社会的課題に取り組む企業が増えています。
かつては、企業が環境や人権、貧困などの問題と向き合うことは社会貢献と考えられてきましたが、近年はこうした取り組みから新たなプロダクトやサービスが生まれるなど、ビジネスとしての可能性が注目されています。本業のビジネスと社会貢献活動の境界線がなくなってきているともいえますが、新しいアイデアやイノベーションは、こうした「際」から生まれるものであることは過去の歴史が示しています。
日本における現状と今後の課題
欧米や一部のアジア諸国では、ソーシャルビジネスに取り組む企業のための新しい法人格や認証制度などがつくられ、収益性の高い領域には投資も集まっています。また、アメリカの大学では社会的起業家の研究・支援センターなどが置かれていることも珍しくありません。日本はこうした動きに後れを取っており、消費者、学生のソーシャルビジネスに対する認知度はもとより、社会的問題への関心も低いのが現状です。こうした中で、まずは国内におけるソーシャルビジネスの成功事例を評価し、その可能性を広く伝えていくことが必要ですし、教育を通じて若い世代に刺激を与えることも私たちの責務です。
日本の企業においても、事業を展開する国内外の地域における社会的課題と向き合い、自分たちに何ができるのかを考え、関連する組織や専門家、地域の人たちと連携・議論をしていく姿勢を持つことが、ソーシャルビジネスの発展には不可欠だと思います。
