「共創」で実現するファッション業界の業務改革
今こそ着手すべき業界内における「共創」

浦上善一郎
伊藤忠商事株式会社 IT・デジタル戦略部長代行 兼 DXプロジェクト推進室長
「共創」のポイントは競争領域と非競争領域を分け物流など非競争領域は各社で共有 (浦上)
大室:繊維カンパニーが対面するファッション業界は、その必要性が叫ばれているにもかかわらずIT・物流等の業務インフラ改革が遅れていると認識しており、伊藤忠のグループ会社や取引先を含めてさまざまな課題があるのが現状です。そうした課題を抱える日本企業にとって今後の道標となるような助言を、ぜひ皆様からいただきたいと思います。
水野:DXで目指すべきは、自動化による効率化だけではなく、さまざまなデータを連携させ、そこから新しい示唆を得てビジネス成果につなげることです。ポイントとなるのはデータの持ち方ですが、例えば、現状は同一企業内でもブランドによって各種マスタが異なるケースが多いと思います。まずは、変革の土台として、徹底した業務・システム・データの標準化と整理を進めることが始めの一歩です。結果、データ連携や可視化が容易となり、物流の効率化やスマートファクトリーの実現、予測精度向上などが可能になります。さらには、データを活用したパーソナライゼーションなどの新しい顧客体験も提供しやすくなるでしょう。これらを推進するためには、二つの観点で業界内での「共創」が重要だと考えます。まず、各社にDX人材が不足している中、共通化できるものは協力して投資を行うことで、よりスピーディにデジタル基盤を整備できる点。また、企業間・バリューチェーン間でデータを共有することで、個社では実現できなかった新しい価値の創出が期待できる点です。
小橋:標準化によってデータをつなぎやすくすることで、物流面でも大きなメリットがありますね。これまでのファッション業界ではサプライチェーン全体のデータ連携が取られておらず、いわゆる見込み生産を続けることで在庫を抱え込んでしまう構造がありました。データの標準化ができれば、売り場で消費者が求めているものを製造側に短いリードタイムで伝えていくことができますし、モノづくりを効率化することでいかに消費者に還元できるかということが肝だと感じています。
水野:従来はバリューチェーン上で製販の役割が大きく分かれていましたが、国内の大手食品・消費財メーカーと小売業などの事業者間でも、データの標準化・共通化を図ることで連携を高め、商品開発やプライシング・プロモーションなどに生かすことで生活者により良い提案をしていこうとする動きが出てきていますよね。
小橋:海外の事例になりますが、「ZARA(ザラ)」は従来のファッション業界の常識だった見込み生産から受注生産に移行するため、必要な商品を2週間から4週間で供給するサプライチェーンを構築しました。マーケットインを実践すべく、店頭の販売データをいち早く商品企画部門にフィードバックして、ニーズに合わせた服づくりを実現しています。「ZARA」を展開するインディテックスはスペインの会社ですが、彼らが学んだのはトヨタ自動車株式会社の「ジャスト・イン・タイム」の生産方式なんですね。また、中国発の「SHEIN(シーイン)」もSNSなどから消費者のニーズを分析するとともに、中国にある製造工場と自社のサプライチェーンをデジタルでつなぐことで最短3日の多品種小ロット生産を実現し、国境を越えて製品を供給しています。近隣国に製造拠点を移すことで、従来の見込み生産のアプローチのまま原価を下げる方向に進んできた日本のファッションアパレル企業にも、DXを通じたサプライチェーンの高速化が求められています。そしてここでも大切になるのが「共創」の推進です。
浦上:「共創」を実現する上でのポイントになるのは、ビジネス上の競争領域と非競争領域を分けて考える必要があるということです。例えば、深刻な人材不足にあるITや物流においては、限られたリソースを各社で共有・活用していく考え方が必要である一方、商品の企画やデザインなどは、やはり他社と差別化を図っていく必要がある領域です。
小橋:アパレル企業のお手伝いをしていて感じることは、各社が同じようなことに個別のアプローチで取り組んでいるということです。例えば、食品業界では大手企業数社が出資したF-LINE株式会社による共同配送の取り組みなどが始まっていますが、比較的規模の小さい企業が多いファッション業界においても、物流インフラの「共創」を推進することには大きなメリットがあると感じています。
水野:「共創」や標準化を進めていく上では、誰がリーダーシップを取るのかというところが一つの課題になりますね。業界におけるデータの標準化や連携の推進は、言うは易しですが、ステークホルダーをまとめる中核プレイヤーと、エコシステム内でのルールメイキングがハードルとなります。業界は異なりますが、いち早く建設プロセス全体のさまざまなデータの収集、活用を推進してきたコマツ(株式会社小松製作所)などは、データの力で業界全体の底上げに寄与してきた先行企業だと思います。
大室:今まさに当社も伊藤忠本社が主導し、グループ会社が横断的に連携することでメリットを生み出す業務インフラ改革に取り組んでいるところです。グループ会社の一つは、展開するブランドが数多くある中、仕様書をはじめさまざまな書類やデータはブランドごとにバラバラだったため、現在これらを標準化・共通化する作業を進めています。まずはグループ内から標準化を推進し、小さな成功体験を業界全体に少しずつ広げていけたらと考えています。
