SPECIAL FEATURE 02

鼎談 伊藤忠商事の「人」と企業価値

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小林CAOと社外取締役である村木取締役と川名取締役に、
人材戦略を中心に伊藤忠商事の持続的成長に向けた重要な課題を語っていただきました。

小林:お二人には取締役会で日頃より様々なご意見・ご指摘をいただいており、感謝申し上げます。本日は、改めまして当社に関する忌憚のないご意見を頂戴できればと思います。どうぞよろしくお願い致します。

村木:取締役会では活発な議論が交わされており、社外取締役の意見も経営判断に積極的に取入れていただいています。過去の制服供給業務の事案でも、社内では気づきづらい問題点を社外取締役が結束して意見し、きちんとした着地点に到達できたのは良かったと思います。

川名:役員の報酬体系の見直しも、社外取締役の意見がきっかけでしたね。社内の力学ではいいづらいこと、変えづらいことを問題提起するのが社外取締役の役割です。

小林:社外取締役として厳しくも見識あるご指摘をいただいたことを感謝申し上げます。当社のガバナンスの強化に繋がったと思います。

社外取締役 村木 厚子

少しの工夫で自然に女性の活躍を
もっと促進できるのではないかと考えています

社外取締役
村木 厚子

厚生労働事務次官等を経て、2016年6月に当社取締役就任。2018年度はガバナンス・報酬委員会の委員長を務め、コーポレートガバナンス・コードの改訂への対応に関する議論を主導。また、内部統制・コンプライアンス、働き方改革やサステナビリティの分野における数多くの有益な提言等を行っている。

村木:社外取締役がしつこく意見をいったのを覚えています。当時社長だった岡藤さんも、「とにかく自由に発言して欲しい」と発言を促したことで、様々な意見が出て、お互いの異なる考え方も知ることができ、良かったと思います。それと、第8カンパニーの新設にも社外取締役の意見を積極的に取入れていただきました。伊藤忠商事では、私たち社外取締役と若い社員が接点を持つ機会をいただいています。若い社員が課題認識としてよく口にしていたのが「組織のタテ割り」でした。私たちが若い社員の意見をもとに、人材の有効活用を提案したところ、第8カンパニーの新設の際に人材活性化策の推進も方針として決定しました。驚いたのは、意思決定から実行までのスピードが極めて速かったことです。

小林:意思決定から実行までが速いのは、当社の特徴かもしれません。いかに社外取締役の人数を増やしたとしても、実効性が伴わなければ意味がありません。そのため社外取締役には、当社社員や役員との意見交換の場を設けたり、国内外の事業現場の視察、主要事業会社の会長、社長との個別面談を設ける等、当社のビジネスや課題等をご理解いただくための様々な工夫に努めています。これらを通じ、指名委員会やガバナンス・報酬委員会の運営にも主体的に関わっていただいています。

川名:社外取締役とはいえ、相当な頻度で伊藤忠商事に伺っています。役員や社員とお会いする回数を重ねると見えてくることが多々ありますね。先日、北米の海外事業視察に行った際には、社員が本当に楽しそうに仕事をしているのを拝見することができ、伊藤忠商事が進めている様々な人事施策の有効性を肌で感じてきました。

小林:人事施策に関して申し上げると、少数精鋭で同業他社に伍していくためには、どうしても労働生産性を高めていかねばなりません。そのため、当社は従前より人材戦略を企業成長戦略であると捉え、「朝型勤務」をはじめとする一連の働き方改革に先駆的に取組んできました。労働生産性を高めるためには、一人ひとりの社員が皆健康で、やる気とやりがいを持ち、高い能力を発揮することが必要です。当社では今、「日本一良い会社」にしようと、会社一丸となって取組んでいます。これは、ある社員が2年前に「伊藤忠は自分にとって日本一良い会社だ」という言葉を残してがんで亡くなり、そのご霊前で岡藤さんが涙ながらに、「必ず日本一良い会社にする」と誓ったことがそのきっかけです。2017年8月に導入した「がんとの両立支援施策」は、この時のトップの誓いを具現化した施策です。当社が今後も持続的に成長していくためには、やはり「社員」にとっていかに「良い会社」であり続けるかが大切だという意識です(→ 人的資産)[PDF]

社外取締役 川名 正敏

健康経営やヘルスケアに関して
私がお力になれると得心しました。

社外取締役
川名 正敏

東京女子医科大学病院副院長等を歴任。2018年6月に当社取締役就任。2018年度はガバナンス・報酬委員会の委員を務め、当社のガバナンスの更なる進化に貢献。また、健康経営やヘルスケア関連ビジネスの分野においては、専門知識を活かして数多くの有益な提言等を行っている。

川名:私は2018年に、医師という異色の立場で社外取締役に就任しました。打診を受けたときは、私の経験が企業経営にどのようにお役に立てるだろうかと思っていましたが、まさに現中期経営計画の方針の柱の一つに、「健康経営No.1」があり、社員が健康を増進し、存分に力を発揮できる環境を更に進化させようというお考えをお聞きし、健康経営やヘルスケアに関して私がお力になれると得心しました。「がんとの両立支援施策」についても導入するだけで終わらせることなく、健康管理や治療と仕事を両立させる取組目標を個人の評価に反映させる制度の導入や、名古屋大学とがんの治療法の研究を目的とした産学協同研究を進めることを決定する等、社員にとどまらず、がんの治療法への貢献という形で広く社会に視野を広げています。

村木:長い間、厚生労働省に身を置いてきた私も企業経営とは無縁でしたので、2016年にお声がけをいただいたときは戸惑いました。当時から、伊藤忠商事では、女性や介護で時間的な制約がある人を含めた、多様な人材が能力を最大限に発揮できる企業にすることを打ち出していました。その中で、私に求められる役割は、様々な労務関係の方々とのチャネルの活用や、人材の活用や組織の活性化に向けた取組みを推進することだとすぐに分かりました。従来の総合商社の組織は、ピラミッド型で意思決定に大変時間がかかる印象でした。これからは「アメーバ型」の組織で、権限移譲を進め、風通しを良くして若い社員が、もっと力を発揮できる組織に変えていく必要があるとご提案し、それが第8カンパニーの取組みに反映される等、確実に変わりつつあります。ただ、ダイバーシティは大きな課題ですね。人事に関するカンパニーの権限が強く、まだ古い考えが残っている印象です。総本社の人事・総務部が主導権を持って、ダイバーシティをもっと推進していくべきかもしれません。少しの工夫で自然に女性の活躍をもっと促進できるのではないかと考えています。

小林:今回、社外取締役を増員し、取締役10人中4人が社外取締役となり、中森さんに新たに社外取締役として就任いただいたことで、女性の取締役の人数も2名となりました(→取締役会の変遷)。また、執行役員も新卒で採用した女性1名を新たに加え、合わせて2名の女性執行役員の体制としています。しかし、総合職に占める女性の割合は、まだ10%程度ですし、管理職に占める女性の割合も高いとはいえません。女性総合職社員の採用の歴史は比較的浅いという点があるとはいえ、真摯にご指摘を受け止めたいと思います。

川名:ダイバーシティを多様な経験という観点で見てみると、長く続いてきた組織の「タテ割り」を打破して、カンパニーや部門等を跨いだ、横の異動が必要なのは間違いないと思います。一方、現場の社員と話をすると皆さん、とてもやる気に満ち溢れており、各分野における「プロ」としての自負も大変強く、まずは何年か同じ部門で特定の商材を掘り下げていくことなしに、短兵急に人を動かすのもあまり良くないということが分かってきました。若い社員のそうした気持ちを大切にしつつ、インプットとアウトプットの機会もバランス良くどんどん与えていくべきでしょうね。

村木:人材は、外で異なる経験を積むと、新しい経験とそれまでの経験が「掛け算」となり、能力の大きな向上をもたらすといわれます。しかし、それまでの経験で専門性が十分ではないと「掛け算」ではなく、足し算に終わってしまいます。おっしゃる通り、専門性を磨くことは大切ですね。専門性の追求と、外で「掛け算」に挑戦するチャンスを与えることのバランスを意識することが、人を育てる上で大切だと思います。

小林:SDGsやパリ協定の発効、更にはESG投資が拡大する等、本業を通じた社会課題の解決に向けた社会的要請が高まっています。当社も2018年4月に「サステナビリティ基本方針」を策定すると共に、ESGの視点を取入れたマテリアリティを改定しました(→サステナビリティ)。2018年9月には、世界的なESGのインデックスである「Dow Jones Sustainability Indices」のWorld Index等の構成銘柄に6年連続で選定されました。また、RobecoSAM社が産業セクターごとに持続可能な取組みを行っている優秀企業を表彰する「SAM Sustainability Award 2019」において、各セクターのトップ企業に与えられるGold Classを、4年連続で受賞しました。Gold Classは世界で66社、日本企業で選出されたのは5社のみですので非常に光栄なことだと思っています。

村木:ESGという観点から見ると、大変優れた取組みを行っていると思います。先日、訪問したVia社やMETSA FIBRE社の取組みには、とても可能性を感じています。狭義のESGにとどまらず、社会全体にとっての価値を高めることを主眼に置いた投資を行い、それを通じてノウハウを吸収する仕組みを創り上げ、他の事業に展開できる取組みとして、とても期待できると思います。伊藤忠商事は、優れた経営資源をたくさん持っていますので、ESGの観点を意識しながら事業会社の強化に取組んでいくと、伊藤忠グループ全体のESGのレベルがもっと高まっていくのではないでしょうか。

川名:先にお話しした「がんとの両立支援施策」等は、社会的価値の創出と企業の経済的価値の創出を同時に実現することで、結果的に、SDGsの達成にも貢献できる伊藤忠商事ならではのアプローチではないでしょうか。また、ESGのE(環境)については、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への対応をしっかりやっていますね。石炭に関して、一般炭の新規事業や石炭火力発電の新規開発を行わないといった基本方針を公表した他、TCFDの賛同企業等が議論する場として経済産業省、環境省、金融庁が設立した「TCFDコンソーシアム」にも参画しました。また、TCFDの提言に基づく複数のシナリオを使った石炭ビジネスの分析等、先端的な取組みを進めています。

小林:社会課題への確実な対応を進めていく一方、当社の企業価値の持続的拡大という観点では、やはりS(社会)の「人材」が中心になると思います。「厳しくとも働きがいのある会社」づくりを、総合商社No.1の労働生産性に繋げ、その成果を社員や株主の皆様にも還元することを通じ、社会全体にとっての「良い会社」となることを標榜しています。その結果、就職活動を行っている学生の評価も高まり、更に優秀な学生を継続的に採用できるといったサイクルを確実に回していきたいと考えています。様々な就職人気ランキングにおいて、全産業で第1位、もしくは総合商社で第1位に選ばれています。学生からも「一生を賭すに値する」サステナブルな企業と評価されている証だと認識しています。ESGの視点からは、サステナブルな会社こそ「良い会社」であると考えています。

川名:現在、かつてない技術革新に伴い、多くの伝統的な企業が大きな変革を迫られています。学生の皆さんも、大企業に入社できれば安泰という従来の意識ではなく、その企業が様々な変化に対応して変わっていけるのかという厳しい視点で、企業を選んでいると思います。そのような中で、伊藤忠商事は明確なビジョンを持ち、「変わる」ことができる企業と感じていることが、そうした評価に繋がっているのでしょうね。

村木:「変わる」という点ではやはり、コーポレート・ガバナンスの進化は目覚ましいと思っています。特にここ数年、社外取締役をはじめ、「人の意見を聞く」姿勢が顕著に強くなっており、指名や報酬等を含め、社外から変革のトリガーを引くことができる仕組みがきちんと組み込まれています。現在のように強いリーダーシップが企業を引っ張っている時は、私たち社外取締役が大きな役割を担う必要があると思います。社内がイエスマンにならないよう、促していく考えです。

川名:そうですね。経営トップが社員の意見をきちんと吸い上げていくことができるよう、これからも私たちが、パイプ役を担っていきたいと思います。

小林:ここまで「人」を中心に、当社の持続的な発展を実現していくためのご意見をいただいてきましたが、コーポレートメッセージ「ひとりの商人、無数の使命」は、近江商人の経営哲学である「三方よし」の考え方を現代の言葉に置き換えたものです。実は、この当社の持続的成長の礎となっている「三方よし」という言葉は、初代伊藤忠兵衛の商いの哲学を後世の学者が改めて表現したものと言われており、紛れもない伊藤忠商事オリジナルの創業の精神といえます。当社には、既に「三方よし」をベースにマテリアリティを特定し、具体的な目標に結びつけていますが、当社の創業から160年を超えて脈々と受継がれてきたこの精神を、一人ひとりの社員が共有して今後も守り続けていくことで、伊藤忠商事の更なるサステナビリティを実現していきたいと考えています。本日はお忙しいところ、有難うございました。

代表取締役 専務執行役員 CAO 小林 文彦

「三方よし」は、紛れもない伊藤忠商事
オリジナルの創業の精神といえます。

代表取締役 専務執行役員 CAO
小林 文彦