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あたらしい商人の教科書 「生活を、そして生活する人を、いちばん大切に想う総合商社」でありたい伊藤忠商事。商いは世の中を良くするためにある。世界の様相が変わり時代が動く今、「商いに何ができるのか?」「これからの商人はどうあるべきか?」がより強く問われています。三方よしの考えを胸に、あらゆる人と共有したい「新時代の商いをつくるヒント」を、発信していきます。
「生活を、そして生活する人を、いちばん大切に想う総合商社」でありたい伊藤忠商事。商いは世の中を良くするためにある。世界の様相が変わり時代が動く今、「商いに何ができるのか?」「これからの商人はどうあるべきか?」がより強く問われています。三方よしの考えを胸に、あらゆる人と共有したい「新時代の商いをつくるヒント」を、発信していきます。

第4講|カーボンニュートラル

あらゆるビジネスパーソンへ
新時代の商いを作るヒントを発信する
「あたらしい商人の教科書」。
第4講は、
環境学者の蟹江憲史教授と共に、
食油や動植物油脂を原料とした、
SAF(Sustainable aviation fuel)を通じ、
環境への取り組みを探る。

「SAF」はカーボンニュートラルな輸送の救世主となるか

「あたらしい商人の教科書」を作ろう

SDGsの急激な浸透もあり、ほんの数年前と比べても環境に対する世界の意識は変化している。日本でも、2050年までにカーボンニュートラル(脱炭素社会)の実現を目指すことが宣言され、14の分野で具体的な目標が設定された。「脱炭素」は一時のトレンドではないのだ。 脱炭素社会の実現に向けて、商社には何ができるのか。「あたらしい商人の教科書」プロジェクト第4講は、全日本空輸(ANA)に原油由来ではないリニューアブル燃料「SAF」の提供をスタートした伊藤忠商事と、環境学者の蟹江憲史教授にインタビュー。エネルギーを通じた環境への取り組みを探る。

スウェーデンからはじまった『飛び恥』ムーブメント

昨年10月、国会で「日本は2050年、カーボンニュートラルの実現を目指す」と菅義偉首相が宣言した。

カーボンニュートラルとは、何らかの活動によって生じる二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量と吸収量がプライマイナスゼロ。つまり、CO2排出実質ゼロの状態を指す。

「『脱炭素』は一時のトレンドではなく、抗えない流れです。企業は対応を迫られています」

こう話すのは、SDGsの専門家である慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授・蟹江憲史氏だ。

慶應義塾大学環境情報学部教授・蟹江憲史氏

蟹江氏:「2015年のパリ協定が引き金となり、これまで以上の気候変動対策が世界全体の目標となりました。また、2019年には気候行動サミットとSDGsサミットが前後して開催されたことにより、そのリンクが明確になった。

さらには、バイデン政権の誕生。環境問題に消極的だったトランプ氏が降板したことにより、脱炭素以外の道は事実上なくなり、あとはそのなかで各国がどれだけ協力し、競争するか、です」

では実際、日本がどれだけCO2を排出しているのか。国土交通省のデータによれば、2018年度は11億3800万トンで、そのうち約18.4%の2億1000万トンが運輸由来。その内訳を見ると、自動車からの排出が圧倒的に多いが、航空による排出も運輸部門のうち約5%を占める。

運輸部門のなかの5%であれば、大したことはないように思えるが、蟹江教授は「航空業界はかなりの危機感を持っている」と語る。

二酸化炭素(CO2)排出量の多い国

蟹江氏:「航空機のCO2排出量の多さから、『ジェット燃料はサステナブルではないから、飛ぶのをやめよう』という『飛び恥』ムーブメントがスウェーデンから巻き起こり、世界中に広がっています。

国境を超えた移動が多いのも航空業界の特徴で、業界団体を通じて越境で協働していこうという姿勢が比較的強い。以前は、団結したうえで環境規制に強固に反対することもありましたが、今では率先して環境問題にコミットする姿勢を打ち出しています。

また、消費者の意識の変化を敏感に感じとって、KLMオランダ航空のように『短距離ならぜひ鉄道を使ってください』と打ち出し、サステナブルな企業としてのブランディングにつなげている事例もあります」

世界の航空業界で大きな変動が起こっているのだ。そんななか、全日本空輸(ANA)も昨年から新たなチャレンジに乗り出した。SAF(Sustainable Aviation Fuel=持続可能な航空燃料)と呼ばれる、原油由来ではない燃料を使用したフライトを開始したのだ。

SAFとは?

このSAFを生産しているのは、フィンランド企業のネステだ。天ぷら油などの食用廃油や家畜の脂など、従来は捨てられていたものを利用して生み出される再生燃料=リニューアブル燃料の世界最大手メーカーであり、2018年より欧米を中心にSAFの導入を図ってきた。

日本初となるSAFでの商用飛行は、ANAとネステだけの力で成し遂げたのではない。両者をつなげたのは伊藤忠商事だった。

航空業界を変える「SAF」2つのメリット

伊藤忠とネステの出会いは、2013年にさかのぼる。伊藤忠がアメリカ西海岸に築いた自動車燃料の供給網を利用して、ネステのリニューアブルディーゼル燃料(=SAF同様、次世代型のバイオ燃料)を販売したのが契機だった。

「ネステはリニューアブル燃料を増産する予定があり、それを一緒にアジアで展開していくため、3年ほど前から話し合いを行っていました」

こう話すのは、伊藤忠エネルギー・化学品カンパニーエネルギー部門の津田亘氏だ。

伊藤忠エネルギー・化学品カンパニーエネルギー部門の津田亘氏

観光庁は、2030年に訪日外国人客数6000万人を目標に掲げている。そこで航空が担う役割は大きく、燃料を安定供給するためには商社の存在が欠かせない。さらに脱炭素の潮流が加わり、「ただ燃料があればいい」という状況ではなくなってきた。そこでSAFの出番となる。

しかし、残念ながら国内においてSAFに関するプロジェクトはほとんど立ち上がっていない。世界的に見ても、SAFの商業利用がはじまったのは最近のことで、生産しているメーカーも片手で数えられるほど。ネステのリニューアブル燃料に白羽の矢が立つのは、必然とも言える。

SAFが優れている点は2つある。ひとつは、言わずもがなだがCO2削減量だ。

蟹江氏:「近年では、バイオマス燃料も脱炭素の点から注目されています。燃やしたときに二酸化炭素が出るのは変わらずとも、原料である植物が成長する過程で二酸化炭素を吸収しているため、ライフサイクル全体で見たときに排出量は増えないと考えられるからです」

SAFを利用するメリット

①CO2排出量を増加させない(カーボンニュートラル)
②従来の燃料と品質が変わらず、既存のエンジン・流通施設を利用可能

SAFの場合も、従来の石油由来製品と比較して、ライフサイクルでのCO2排出量は8割から9割抑えられるとされる。

もうひとつが、石油由来の燃料と品質が変わらないことだ。

津田氏:「一度トラブルが起これば重大な事故につながる航空機において、燃料の品質は厳しくチェックされます。SAFがそれをパスしているのは当然ですが、品質が変わらないからこそ、関連する施設・設備もそのまま使える。

従来の航空機に何も手を加えずとも使用でき、従来の燃料が入った状態のタンクにそのまま投入も可能な『ドロップイン燃料』なのです」

「CO2排出権購入」は言い訳にならない時代

これだけ聞けばSAFは理想の燃料だが、価格は従来の4〜5倍と高額だ。

津田氏:「コロナの影響で航空業界はかなりの痛手を受けています。環境には配慮したいが、足元で生き残らなければいけないのも事実。ですから、SAFをいきなり大きなボリュームで導入するのは難しい。

2024年には旅客需要はコロナ以前のレベルに戻ると見られています。そのとき、2019年比でCO2を増やすわけにはいかないと、航空業界はさまざまな取り組みを進めているのです」

CO2排出権購入という選択肢もあるが、価格によってはかえって痛手になる。航路の効率化、燃料の切り替えなど、企業内でできる限りの努力をし、排出権は最後の手段と捉えたほうが、レピュテーションリスクを回避するうえでも望ましい。

津田亘氏

また、今後は社会的にも「排出権を買えばOK」とはならないだろう。しかし、同じ「金で解決」にしても、未来志向の投資なら話は別だ。

津田氏:「ANAのSAF利用開始もそうですが、海外に目を向けると、ユナイテッド航空などはアグレッシブな姿勢を打ち出しています。

大気中に漂っているCO2をキャッチして埋める『ダイレクトエアキャプチャー』という技術にかなりの投資をして、排出権を生みだす側に回ろうとしているんです」

蟹江教授も、CO2排出量が多い航空業界だからこそ、逆にドラスティックな変化が起こりうると指摘する。

蟹江氏:「サステナビリティ領域で先進的な企業のなかには、かつて環境破壊や児童労働などが明るみになり、痛い目を見た企業も含まれています。そこで反省して舵を切ったからこそ、今につながっている。

同じように、いずれ航空業界が脱炭素化のトップを走っているかもしれません。

ひとつの便により多くの人が搭乗するほうが、1人あたりのCO2排出量は少なくなるとして、すでによりCO2排出量が少ないフライトを選べる航空会社選択サイトもあります。『SAFを使っている便に乗りたい』と消費者から積極的に選ばれるような時代が来るかもしれません」

新エネルギーでも目指すは「三方よし」

SAFだけでなく、米国ではリニューアブルディーゼルも取り扱ってきた伊藤忠だが、この4月からは日本国内でもその展開を開始する。

「2035年には、国内の新車はすべて電動自動車に」という目標があるものの、モーターや電池には苦手な領域もある。車にしろ航空機にしろ、バッテリーで移動できる距離には限りがあり、モーターは大型トラックにはパワー不足だ。

津田氏:「ですから内燃機のすべてがいきなり置き換わることはありません。しかし、燃料を切り替えることで、CO2削減は可能です。

リニューアブルディーゼルも従来の軽油と同じように扱えるドロップイン燃料なので、次世代の電気、あるいは水素関連のインフラが整備されるまでの架け橋として、重要な役割を担うのは間違いありません。そして、大きな変化のなかには、商社だからこその出番があります」

SAFの輸入にあたっても、輸送する船舶の確保、貯蔵するタンクの手配、オイルの品質管理、CO2削減を証明するためのトレーサビリティ確保など、商社としての能力が問われる局面は大いにあった。

また、関わる先が多い商社だからこそ、その選択と行動は多方面に影響を与える。リニューアブル燃料はもとは廃棄物なので、浸透すれば、そのぶんゴミが減るメリットもある。

今後、日本の石油需要は落ちていくと見込まれるが、既存の設備をそのまま使用できれば、流通業者に新たな選択肢を用意することができる。

企業によっては、リニューアブル燃料を利用することで、付加価値を得られるものもあるだろう。

津田氏:「われわれは消費者の望むモノを追求するマーケット・インの発想を徹底しており、顧客接点の多い川下事業へ注力しています。たとえば伊藤忠エネクスのようにエネルギーを専門に扱うグループ会社があり、全国に約1700のガソリンスタンドを抱え、石油会社を除けば、国内で最大の供給網があります。

それを生かして、SAFでもディーゼルも、海外企業であっても、伊藤忠にアクセスすればすぐに供給が受けられる体制づくりを進めているところです。

総合商社のなかでも特に川下、非資源に強みを持つ伊藤忠だからこそ、入り込める部分、貢献できる部分があり、実現できる『三方よし』があるのです」

コロナ禍は社会に大きな影響をもたらした。「正直、SDGsどころではない」という企業もあるだろう。しかし、蟹江教授はアフターコロナこそ、持続可能性が人々の重要な関心事になると話す。

蟹江教授
(写真:市村円香)

蟹江氏:「なぜなら、既存の仕組みが持続可能ではなかったことに多くの人々が気付かされたからです。これまでもESG(社会的責任)投資の拡大など、お題目としてではなく、本気で社会課題解決に取り組む企業が注目されていましたが、今後はさらにその傾向が強まるでしょう。

また、環境教育を通じて、大人よりもむしろ子どものほうが意識が高くなっています。彼らの感覚に照らして『おかしい』と判断されれば、企業は生き残れません。

扱う製品自体が変わったとしても、グローバルなつながりを持ち、エネルギーを取り扱ってきたという経験を生かし、次の時代をよりサステナブルなかたちで切り拓くことを伊藤忠には期待したいですね」

(執筆:唐仁原俊博、編集:大高志帆、写真:小池彩子、デザイン:田中貴美恵)
制作:NewsPicks Brand Design

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