COO MESSAGE

“ギア・チェンジ”


代表取締役社長COO(兼)CSO
ギア・チェンジの1年
2021年4月に代表取締役社長COOに就任してから、早いもので5年が経過しました。様々なステークホルダーの皆様から寄せられるご期待にお応えすべく国内外の現場に足を運び、成し遂げなくてはならない伊藤忠グループの成長のために汗をかいてきました。
米トランプ政権による既存秩序への挑戦、各地での戦争・紛争等、今、世の中はかつてない程に先行きが見えない混迷の中にあります。一方、当社が大きな事業基盤を持つ我が国日本は、現在、大転換期にさしかかっています。長年日本経済を蝕んだデフレからの脱却と、30年以上も経験してこなかったインフレ時代への突入、そして企業に大きな変革を迫るガバナンス改革の流れも浸透してきました。また、AIやデジタル技術の進展は加速し、とどまるところを知りません。更には、現在の日本政府が推進する経済安全保障・国土強靭化計画等、国内への投資がかつてないほど加速していく兆しも垣間見えます。このような日本の「変革」を背景に、海外投資家からも日本企業への注目度が高まっていることを私も実感しているところです。
当社の連結純利益は過去15年間、年平均成長率10%超を実現してきました。しかし、更なる成長を続けていくためには、一段上の「ギア・チェンジ」が必要です。これから始まる大転換期においては、これまでの延長線上の発想だけでは行き詰まってしまう懸念を感じています。タテだけで考えていたことをヨコ・ナナメへ、一次元で考えていたことを二次元・三次元へと、大胆に発想を切り替える必要があります。例えば、10億円を10個積み上げるという小さな発想から、100億円規模の利益を創出するには誰と、どの領域に、どんな仕掛けが必要なのか、大胆な発想とマインドの「ギア・チェンジ」が必要です。
2026年度は、まさに「ギア・チェンジの1年」と位置付け、成長投資については1.5兆円規模とし、大きくアクセルを踏むことにしました。将来の収益の柱となる新たな中核事業を創出する投資に軸足を置き、現場から新たな価値創造を実現していくための投資です。但し、成長の目線は一段引き上げていきますが、成長を実現するための道標が、当社らしい「伊藤忠の稼ぎ方」であることに変わりはありません。
現場で培ってきた「伊藤忠の稼ぎ方」
岡藤会長CEOの言葉「商人は水であれ」というフレーズは、予測が難しく変化が速い時代におけるビジネスへの向き合い方にヒントを与えてくれます。器に応じて自在に形を変える水のように、社会や産業の変化を機敏に捉え、柔軟に対応しながら新たな価値を創造していく。当社はこのような「商人」としての独自の経営哲学と共に、社会や産業に関与しながら「商い」を広げてきました。長年あらゆる業界で現場に深く入り込み、当社独自の底堅い事業基盤や社内外の信頼のネットワークを築き、社員一人ひとりの現場力を磨き上げてきました。これら当社の強みを活かした価値創造がまさに当社の神髄である「伊藤忠の稼ぎ方」です。
現場に足を運び、現場の目を通してビジネスの機会を探ることで培われる「現場力」が、当社独自の強みです。特に、川下である消費者接点を起点に川中・川上へとバリューチェーン全体を繋ぐ事業プラットフォーム、幅広い業界で築き上げてきた有形無形のネットワークも、「現場力」の発揮が結実したものと言えます。
その「現場力」の結実が「ハンズオン経営」です。経営者や各機能を担う社員を当社から派遣し、「現場」に深く入り込み、解決すべき課題をしっかりと見極め、経営改革を通じて投資先と一緒になってその企業価値を向上させることに尽力しています。事業会社の経営者として派遣される社員はいわゆる「腰掛け」ではなく、その成果に応じた評価・待遇面でのインセンティブを与える制度設計が行われています。これらの社員は、リアルなビジネス現場での経験・知見が蓄積された経営者人材として、また伊藤忠に戻り、挑戦や失敗の経験を含めたノウハウが積み上がる好循環が生まれています。
主要事業会社のマネジメントとは半期毎に面談の場を設け、岡藤会長CEOと私の2人で業績報告を受けるほか、各社を取り巻く事業環境も踏まえながら、中長期・短期の時間軸での戦略を議論しています。消費者接点から着想した現場の創意工夫、企業価値向上に繋がる果敢なチャレンジの好事例について報告を受けることも多く、事業会社でも当社の商いの原点である「稼ぐ、削る、防ぐ」や「マーケットイン」の発想が実践され、「伊藤忠の稼ぎ方」が事業会社にも浸透していることを強く実感しています。業績面での貢献は言うまでもなく、2025年度も全事業会社の約3割に相当する70社が過去最高益を達成しており、更なる成長に手応えを感じています。伊藤忠グループの成長に向けて、同じ哲学、同じ目線で高い目標の達成に挑む事業会社群は当社にとってかけがえのない、宝のような存在です。
横連携による新たな価値創造
川下起点・現場の目で消費者接点を観察してニーズを捕捉し、ビジネスに繋げる「マーケットイン」の発想も、当社の「稼ぎ方」を特徴付けるものです。しかしマーケットのニーズは複雑化しており、単一の組織だけで対応できるものではありません。組織の垣根を越えてお客様のニーズに応え、収益機会に着実に繋げることができるよう、「タテ割り発想の打破」を呼びかけてきました。先ほどお話した、タテだけでなくヨコ・ナナメへ、一次元だけでなく二次元・三次元へと、新たな事業領域に進出するための発想です。一段上の成長ステージ実現のためにも、組織の枠を越えた大きな構想に基づいた横連携が今後ますます重要になります。
分野横断的な案件を主導する組織として2019年度に発足した第8カンパニーが窓口となり、2025年度には㈱セブン銀行との金融事業での協業が実現しました。また住生活カンパニーにおいてはJR東日本グループとの不動産事業における業務提携を開始しました。共に多様な事業を展開する企業との連携であり、ATM事業や不動産をそれぞれの入口として、更に幅広い領域での事業展開を目指します。既存事業を梃にしながら、パートナーのニーズに沿った多様で幅広い価値提供ができるのも現場をよく知る当社だからこそと考えています。このように、複数の事業領域で横連携の可能性を見出せる案件に取組むことで、私も先頭に立って当社の成長を一段も二段も加速させていきたいと考えています。
「川下」に直結する生活消費分野だけでなく、長く産業を支えてきた基礎産業分野でも、「マーケットイン」の発想に立脚することで、当社独自の強みを発揮できると考えています。かつての商社はサプライチェーンの中で川上にある原料や素材を世界各地から調達し、川中・川下に販売していくことが仕事の中心でした。今でもサプライチェーンの安定化・強靭化が重要な使命であることは不変ですが、川下目線で川上・川中を見ていくことで、より付加価値の高い商品・サービス提供に繋げていくことができます。例えば電力分野では、川上で起きている電力不足や再生可能エネルギーの増加に伴う需給・出力調整等の課題に対して、川下における蓄電やマイクログリッドの形成といった利用者側の利便性向上にも寄与する電力ソリューションを提供しています。石油化学製品も同様です。当社は化学品の事業会社群にて既に実践しておりますが、多様な日用品メーカーの技術と消費者の抱えるお悩み解消ニーズを結ぶことで、世の中に存在しなかった新素材・新商品を組み合わせることに挑戦しています。これも川上・川中・川下という既存の領域を越えた当社ならではの価値創造と言えるでしょう。
AI・データ活用による成長の加速
「ギア・チェンジ」に欠かせないのが、デジタル技術の活用です。デジタル技術の進化スピードは速く、かつ不可逆なものです。AIは情報収集や判断の能力を持つ「エージェント」へと進化し、ビジネスの様々な場面で思考整理のための、いわば「相棒」のような存在になると予測されています。私自身、その進化のスピードに置いていかれないよう、毎日AIとの壁打ちを行い、社内に向けてDXやAI活用を呼びかけていますが、その背景には以前お会いした、台湾の初代デジタル担当相として知られるオードリー・タン氏の言葉があります。当時、AIを使ったプラットフォーム構築に日本が後れを取っていることを危惧していた私に対し、もはやプラットフォームの構築をする必要はなく、適用できる分野から順次導入し、導入できた領域同士を繋げ、その中でまたAI同士がベストな解を見つけていく、そんな絵姿を示してくれました。我々の事業領域には多様な産業の「現場」があります。当社が主導し各現場でできるところからAIを導入し、事業成長を目指すこと、それも当社らしい価値創造の一つになると感じています。
また、当社グループには消費者接点で得られた多種多様なデータが蓄積されています。まずはデータを利用可能な状態へと整理するところから始めています。整理されたデータをビジネスに活用することで、新たな価値の創出が加速されると期待しています。データの整理と活用は、多くの企業で新しい収益機会を獲得するための経営課題であり、また異業種との相乗効果を創出する課題にもなっています。当社が古くから関与してきたCTCを中心としたデジタルバリューチェーンがその強みを発揮することで収益機会を捉え、事業拡大を図ります。
デジタル技術の活用により、労働生産性は大きく向上し、これまでに想像もつかなかった技術やサービスが創出されるかもしれません。しかし、ビジネスに最終的な価値を与えるのは、実際に現場を歩き、現場を見て現場で汗をかく「人」です。DXやAIと、現場を知る「商人」の力の化学反応で、当社にしかできない価値創造の実現を目指します。
大転換の局面で、更なる飛躍を
「商人は水」との言葉が示す通り、産業や消費者ニーズの変化を機敏に捉え、柔軟に対応しながら新たな価値を創出してきた当社にとって、大転換の局面は新しい「稼ぎ方」や「領域」の拡張を発揮できる機会です。そして、その先に実現することは、当社の変わらぬ実績ある取組み姿勢=毎期堅実に基礎収益を積み上げ、持続的に企業価値を向上させることです。これからも市場の期待にしっかり応えていかねばなりません。
今、「ギア・チェンジ」の掛け声の下、新たなステージに向けて、伊藤忠商事グループは全力疾走しています。現場がこれまで通りの「伊藤忠の稼ぎ方」で商売、お客様に向き合い、伊藤忠らしい価値創造を実現できるよう、全力を尽くしてまいります。