CEOメッセージ



先行きが不透明な時代であるからこそ、
商いの基本に立ち返り、十分に足場を固めた上で、
「その先の収益ステージ」に向けた布石を
着実に打っていきます。

2022年度は、2年連続となる連結純利益8,000億円超を達成し、目標として掲げる「8,000億円の収益ステージ」の足場固めに勤しみました。
「Brand-new Deal 2023」の最終年度となる2023年度は、いずれ来る資源価格や為替水準の平常化を見据え、当社の優位性を磨き上げると共に、その先の収益ステージに向けた「備え」と「仕掛け」を着実に実践していきます。

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一生懸命

時として組織のトップの話は、面白味に欠ける場合があります。私は、その理由の多くが、事務局が準備した原稿をただ読み上げるだけで、相手の心に響かないため、退屈な話になりがちになるからだと考えています。

人に話をするのであれば、少しでも記憶にとどめて欲しいと思っており、話す内容を誰かに丸投げせず、様々な人の意見も聞きながら時間をかけて、自ら考え抜くように心掛けています。例えば、投資家や株主の皆様とのミーティングや株主総会、この統合レポートでも、少しでも興味を惹いていただけるように、手帳に1年間の身近な出来事や気が付いたことを書き留めて準備し、原稿も細かくチェックしています。

企業のトップの言葉や姿勢が、そのまま企業全体のイメージとなり得るのも事実です。例えば、私は、執務室の不要な電気をこまめに消したり、会議室では自分が座った椅子以外も並べ直したりするように心掛けています。企業のトップが、そのような細かいことに考えを巡らし、率先垂範することに疑問を抱かれる方もいるかもしれません。しかしながら、オーナー企業ではない当社のビジネス規模が拡大すればするほど、当社の経営を司る私は、オーナー経営者に負けない覚悟を持って、経営に没頭しなければならないという切迫感に駆られています。

2023年3月、最も影響力のある格付機関の一つであるMoody'sの当社格付が「A2」に格上げされ、すべての格付において総合商社トップとなりました。勿論、それ自体は大変喜ばしいことですが、坂道を転げ落ちるように転落した過去を忘れてはならないと考えています。同格付機関の当社格付は、1999年2月に「投資不適格」であるBa1となり、同年10月にBa2、12月にBa3と、1年にも満たない間につるべ落としの格下げとなり、2017年11月にA格を再び取得するまで、実に約20年の歳月を要しています。あぐらをかいて気を緩めた途端、長い年月をかけて積み上げてきた好業績や高評価を「一瞬で」失いかねません。心配性を自認する私は、寝ても覚めても「一生懸命」に努力していきたいと思っています。

「備え」と「仕掛け」

歴史的な一戦となった今年3月22日のWBCの決勝戦は、急遽、パブリックビューイングを設置し、仕事とのけじめをつけて、社員と共に観戦することとしました。朝型勤務を導入していることもあり、試合開始後の8時半には400名を超える社員が詰めかけ、優勝の瞬間を共に分かち合いました。日本代表と同じように2022年度の伊藤忠商事もまた、まさに全社一丸となって、「有言実行」を貫きました。

社長に就任した2010年度以降、当社の連結純利益は3,000億円から4,000億円、そして5,000億円に拡大し、収益ステージを着実に切り上げながら、右肩上がりの成長を続けてきました。そして、中期経営計画「Brand-new Deal 2023」の1年目である2021年度、ついに8,000億円の大台を超え、2022年度も2年連続で8,000億円を維持しています。

2022年度の業績は、財閥系商社と比較して資源エクスポージャーは小さいながらも、歴史的な高値圏で推移した資源価格の恩恵を多少は享受し、為替の円安が寄与したのも事実です。しかしながら、2023年度も財閥系商社が軒並み20%超の減益計画となる中、当社のみ2.6%の減益計画にとどまっていることに、ご注目いただきたいと思います。「Brand-new Deal 2023」の最終年度でもある2023年度は、引続き、不透明かつ不安定な経営環境が継続し、経営の舵取りが難しい状況に変わりはありませんが、いずれ来る資源価格や為替水準の平常化を見据え、8,000億円の収益ステージの堅持、更にその先の収益ステージに向けた「備え」と「仕掛け」を着実に実践していく所存です。 (→CSOインタビュー)

何も特別なことをやるつもりはありません。ただ、「稼ぐ、削る、防ぐ」の徹底をはじめとする商いの基本に立ち返り、これまでの経営をブレずに貫き通すことが一番重要であり、同時に次のステップへの前進を確かなものにする「全体を引上げる経営」の実践が、ポイントになると考えています。

平均点経営

ここで、私も非常に尊敬し、「経営の神様」と称される京セラ(株)の創業者、故・稲盛和夫氏のエピソードを引用させていただきます。ある経営者が稲盛氏のもとを訪れた時、「京セラ(株)が強いのは特別な技術を持っているからに違いない」と考え、稲盛氏に質問したところ、稲盛氏は「特別なものは何もない」とお答えになったそうです。「そんなはずはない」と思ったその経営者は京セラ(株)の工場を見学しましたが、そこにあったのは、どこでも使われている普通の技術だったそうです。不思議がる経営者に稲盛氏は、「特別な技術に頼れば、もっと優れた技術が出た時に負ける。何もないから強い。京セラ(株)の強みは、普通の技術で特別な結果を出す現場の力」とお話になったとのことです。私は、このエピソードを聞いた別の経済界の方から、資源ビジネス等の特別なビジネスに頼らずとも、「稼ぐ、削る、防ぐ」で鍛えた現場力や「マーケットイン」が生み出す特別な結果で強みを発揮する当社の特徴に通じるものを感じたと言われました。

かつて当社も特定分野への経営資源の集中を志向した時期がありましたが、結果として、注力分野以外の事業の弱体化を招いてしまいました。機械カンパニーのビジネスもその代表例ですが、同ビジネスは対面業界が幅広く、重厚長大型企業との取引継続のためには、立て直しが急務の状況でした。同ビジネスは、既存の商売でコツコツと収益を積み上げていく事業が数多く存在するため、社長就任後、全社一律ではなく、事業の特徴に合わせて細分化した投資基準に変更するように指示を出しました。その後、徐々に結果が伴いはじめ、自信も付けてきたことで、数多くの「稼げる」ビジネスが育つ土壌が醸成されました。当時数十億円程度であった機械カンパニーの連結純利益は、10年余り経過した2022年度には実に1,000億円を超える水準にまで拡大しています。

私は、特別なビジネスに依存し過ぎると、そのビジネスが終焉を迎えた時に、経営全体が脆くなると考え、これまで特定のカンパニーだけでなく、全体を引上げる平均点経営を意識してきました。私が注力事業を軽々に口にしない理由は、すべての事業に気配りを行いながら、経営の舵取りを行っているためです。

着実な利益の積み上げという、いわば「足し算」に加え、約9割の黒字会社比率が示す通り、赤字企業を減らす「引き算」にも注力してきました。2022年度は、Dole事業及び北米畜産関連事業で赤字となりましたが、懸念資産に対する手当と経営体制の変更等、素早く手を打ち、2023年度は赤字からの業績回復を見込んでいます。今回の教訓として、ビジネスは病気と同じで、いかに「早期発見」と「早期治療」が重要であるということを会社全体で共有し、周知徹底しました。こうした同じ轍を踏まないようにする「備え」が、大きな損失の未然防止に繋がり、足場をより一層強固なものにすると考えています。 (→COOメッセージ)

相手の気持ちや状況を汲み取る

バークシャー・ハサウェイ社との面談

当社のテレビCMをご覧になった方から1通のメールが当社に届きました。奥様に先立たれた男性が仏壇で奥様に話しかけているシーンがあるCMが、ご自身の境遇と全く同じで、もう一度見たいという内容でした。残念ながら放映期間は終了しているため、ご希望には添うことができません。その代わりに、CMを収録したDVDをその方にお送りしたところ、大変感謝していただきました。

今年4月、世界的に著名な投資家で当社の主要株主でもあるバークシャー・ハサウェイ社のウォーレン・バフェット氏との面談機会をいただいた時のことです。長旅でさぞかしお疲れのことではと考え、少しでもリラックスしていただくために、既に十分理解されている当社ビジネスの詳細な説明等は行わず、当社の非財務面、特に企業文化をご紹介する動画をゆっくりとご覧いただきました。

一見、無関係のように見える2つのエピソードですが、相手の気持ちや状況を汲み取り、その人が求めるものを提供するという考えは共通しています。そしてこれが、当社が推進している「マーケットイン」の要諦です。何も小難しい理屈は必要ありません。

川上の資源や素材が生み出す付加価値には限界があり、ヒット商品を生み出したとしても、継続するのは至難の業です。一方の川下は、お客様が求めるものを見極め、付加価値を付けることで、利幅も大きくなります。高度な技術で強みを持つ素材産業の企業以上に、その素材を活用して付加価値を付けた製品を販売する企業が桁違いの利益を得ている事例は枚挙にいとまがなく、まさに「利は川下にあり」です。消費者接点を持つビジネスに限らず、すべてのビジネスにこの考え方は共通しており、川下を握ることでビジネスモデルは着実に進化を遂げることができます。先述の機械カンパニーの例で言えば、独自の販売網や顧客基盤、アフターセールスといった付加価値を活用し、自らの業績拡大と同時に、川上のメーカーに対してもメリットをもたらす(株)ヤナセは、その好例の一つでしょう。消費者の求めるものを嗅ぎ分け、各事業で自らのブランドを築き上げることで、長期的かつ安定的に稼ぐ仕組みを作り上げていければと考えています。

財閥系商社は、戦後の復興や高度経済成長期に川上・川中の重厚長大産業を中心に大掛かりなビジネスで収益を拡大しましたが、その間、当社は川下の消費者に寄り添い生活消費を中心に非資源ビジネスをコツコツと積み上げ、知見を蓄えてきました。現在、同業他社も非資源ビジネスへの転換を積極的に図っていますが、やはり非資源ビジネスでは、当社に一日の長があります。特に情報・金融カンパニーが展開するバリューチェーンは、同業他社では類例を見ない当社ビジネスの「大きな強み」の一つとなっています。先般公表したCTCのTOB(株式公開買付)は、株式市場のご信任が得られた場合、今後の当社ビジネスの更なる進化を担う投資になると言っても過言はありません。現在、デジタルテクノロジーを活用し、企業のビジネスモデルを変革するニーズは一層高まっており、特に川下の企業は、将来的な業績拡大を図る上で、消費者接点から得られるデータを分析し、新たな付加価値を生み出すことが、不可欠な状況にあります。当社はこうした潮流を踏まえ、SDGs対応を含めて多様化するお客様のニーズに的確にお応えすべく、TOBが成就した場合には情報・金融カンパニーのバリューチェーンにおける「仕掛け」を更に加速し、同業他社との差別化に繋げていく所存です。 (→CTCとデジタル事業群の連携によるバリューチェーンの進化)

非財務も抜かりなし

古今東西、自分だけが儲かれば良いという商売は、長続きしないものです。

かつて明治から大正時代にかけて、日本一に上り詰めた鈴木商店という商社がありました。同社の躍進は「独占」にあり、鋼材、船舶、米や小麦等を買い占め、莫大な利益を得ていたそうです。しかし、戦後不況により、それまでの買い占めに内在する大きなリスクが顕在化し、破綻に至りました。現代に目を転じてみますと、世界的なインフレが問題視される中、資源を含む市況商品の価格高騰は、一部の川上の企業に大きな利益をもたらす一方で、川下の企業や消費者、社会全般に負担を強いています。これは当社の企業理念でもある「三方よし」とは到底言えず、ビジネスの持続性にも疑問を抱かざるを得ません。

当社は、着実に収益ステージを上げていくために、単に利益拡大のみを追求するのではなく、持続的な企業価値創造の源泉である「三方よし」が根付く企業文化を更に進化させていく所存です。そのために、非財務面での取組みを一層強化しており、「人材戦略」はその中核をなしています。近年、人的資本経営に対する関心が高まっていますが、社員を大切にする社風は当社の伝統であり、当社は早くから人を資本とみなし、「朝型勤務」をはじめとする社員が働きやすい環境・制度整備等を時代に先駆けて推進してきました。その結果、当社の働き方改革は、国内外で高くご評価いただいています。こうした企業文化が、主要就職人気企業ランキングで、全業種No.1、総合商社No.1の獲得をもたらし、優秀な人材採用と人的資本増強の好循環を生み出しています。当社の人材戦略は、漫然と潮流に追随したり、仕組みありきで進めたりするのではなく、実効性ある施策を十分に検討し、慎重に導入しています。 (→CAO対談)

一連の働き方改革も、労働生産性を持続的に高めていくことを主眼に置いていますが、女性活躍推進も同様の考え方に基づきます。当社はかつて、新卒女性総合職の採用比率の目標を30%と設定した時期がありましたが、数字ありきでは良い結果は伴いません。当社の場合も各組織での体制整備や個人適性の最適化が不十分であった結果、残念なことにその多くが退職していきました。これを教訓に、朝型勤務や託児所の設置といった仕事と育児を両立できる環境の整備を優先し、当社の女性社員の出生率が東京都や全国の値を大きく超える等、環境の十分な整備を見定めた上で、女性活躍推進委員会を設置し、取組みを本格化しました。その過程では、女性活躍推進の知見が豊富な村木厚子元取締役に大変なご尽力をいただきましたが、このたび中森真紀子取締役にその襷が受け継がれました。長期に亘り社外取締役を務めていただいた村木氏は今回ご退任となりましたが、引続きAdvisory Boardのメンバーとして、お知恵を拝借しています。 (→特集1:企業価値向上に繋がる人材戦略)

また、役員人事も同様に形式ありきではなく、実力主義としています。例えば、今年6月で規定上は役位定年となるCAOとCFOも、指名委員会の意見等も踏まえ、現在の不透明な環境下、当社経営に必要かつ余人をもって代えがたい人物と判断し、1年継続してもらうこととしました。

総合商社を幅広い方々にとって、より身近な存在にしたいという私の想いから、当社は企業広告に力を入れています。GPIFのESG指数やS&PといったESG評価指標で最高レベルを獲得し、統合レポートも主要な評価機関のすべてでトップ評価を独占する等、当社の非財務の取組みは極めて高い外部評価を得ています。こうして地道に企業ブランドを作り上げていくことが、社会からの信頼や社員のエンゲージメント向上にも繋がり、持続的な企業価値向上の原動力になると考えています。従い、営業部署のみが数字を追いかけるのではなく、各職能部署にも外部評価等の定量化できる目標を設定し、経営会議でもモニタリングしています。こうして職能部署もバランス良く「引上げて」いく考えです。

業界全体を盛り上げる

当社は、経営陣は自ら当社株式を保有し、社員の持株会加入率もほぼ100%となっていますが、それは株主の皆様と利益を共有する当社として、当然のことであると考えています。従い、投資家や株主の皆様との対話もとても大切にしており、そこでいただいた貴重なご意見や、株価動向を見て経営方針や施策に反映しています。これは株式市場における「マーケットイン」と言えるでしょう。

2022年度の株価については、株式市場との対話を踏まえ、2022年10月に年間見通しの上方修正と株主還元拡充策を公表して以降、勢いづき、上場来高値を3回更新しました。2023年度につきましても同様に、2023年度の期初計画及び株主還元方針の公表、更には6月のバークシャー・ハサウェイ社の5商社に対する追加投資が相まって、上場来高値の連続更新を繰り返す状況です。1999年には、一時200円を割る水準にまで落ち込んだことを考えると、まさに隔世の感があります。

1株当たり配当金につきましても、2009年度の15円から2023年度の160円へと右肩上がりの増配を継続していますが、株主の方から感謝のお言葉をいただくたびに、経営者冥利に尽きる想いを抱きます。2024年度以降の株主還元方針は、今後公表することになりますが、引続き、株式市場のご期待にお応えすべく、社内で十分な議論を重ねていく所存です。 (→CFOインタビュー)

私は、過去から利益水準に比して総合商社の株価は割安であるとことあるごとに申し上げてきました。当社に限らず、総合商社の株価が揃って上昇している現状に感謝申し上げると共に、この状況に慢心することなく、各社が切磋琢磨して、業界全体で盛り上げていければと願っています。

「日本で一番良い会社」に向けて

ご家族もオンラインでご覧になった入社式

今年4月3日、満開の桜が咲き乱れる本社1階ロビーのレッドカーペットを、若者が一人、またひとり踏みしめていきました。コロナ禍で思い通りの学生生活を送ることができなかった若者に、せめて出社初日を生涯忘れられない日にしてあげたいという願いを込めた入社式のセレモニーです。毎年、少しずつ工夫を施していますが、こうしたところでも当社の進化を感じていただければと思います。今年は、東日本大震災の被災地の農家から取り寄せた700本の吉野桜とピアノ・バイオリン・チェロの三重奏で彩を添え、新入社員のご家族が晴れの場をオンラインでご覧いただける環境も整えました。「自分の子どもが入社したことを親が誇りに思える企業にしたい」という私が常々抱いている想いを込めたものです。このいくつもの初々しい若い芽が、近い将来、当社のビジネスと優位性を担い、大輪の花を咲かせることを期待してやみません。

2017年の春、がんで亡くなったある社員の霊前で「日本で一番良い会社にする」と誓いました。まだまだ足りませんが、一歩一歩、着実に近づいていると感じています。これからも「収益ステージの更なる向上」を目指し、私は「一生懸命」を貫き続けます。

今後の伊藤忠商事の成長と進化にぜひご期待ください。