COOメッセージ



激しい経営環境の変化を「現場」で見極め、
3つの壁を打破することで「総合力」を磨き上げ、
持続的な成長に向けた強固な礎を築いていきます。

商売を行う上で大切にしてきた「現場」と「信頼」の言葉を胸に、経済価値と環境・社会価値の双方に資する成長戦略を着実かつスピーディーに実行に移す所存です。

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「商人」として再始動

今年5月に新型コロナウイルスに関する行動制限がすべて解除されました。社長COO就任3年目にして、マスクも遮蔽板もない「現場」で「自分らしく」バリバリ働けるこの瞬間を、まさに心待ちにしていました。「Brand-new Deal 2023」の最終年度である2023年度は、「商人」として国内外の「現場」を飛び回りながら、社員と一緒に、コツコツと商売を積み上げていきたいと考えています。

社長COO就任後の2年間は行動が制限された分、全社経営を座学でじっくりと俯瞰し、経営戦略の「執行責任者」としての視座を高めることができました。その一方で、「現場」好きの私は、万全な感染対策を講じて可能な限り、お客様を訪問するように心掛けていました。お客様に直接お会いして、お客様が困っていることや考えていることを確認する、そして商売を行う時には真っ先にお客様の「相棒」に選ばれる、そういった「信頼関係」を構築し維持することは、商売を行う上で最も重要であると思います。培った強力な「信頼関係」をもとに、新たな人脈を開拓して商売を拡げることは、今の機械やAIにはできない「商人」ならではの強みです。

海外にも当然、総合商社にとって欠かすことのできないお客様が大勢います。2022年度にはエネルギー・化学品カンパニー時代から慣れ親しんだ韓国や現地法人の社長を務めていたタイに出張し、久しくご挨拶が叶わなかったお客様にもお会いすることができました。今年はこれまでに、社長COO就任後すぐにでも行きたいと思っていた中国や米国にも出張しました。特に中国では、CITICの朱董事長に初めてお会いし、お互いの成長戦略や協業の可能性等に関する意見交換を行いましたが、面談を通じて、実は日系企業のマネジメントに共通の知人が多いことも分かり、そうした人脈を語り合ううちに心の距離を縮めることができたと感じます。私は昔から、人との繋がりを大切にすることで商売を拡げてきました。今後も「現場」のリーダーとして、国内外のお客様との関係強化に率先して取組み、新たな商売の糸口を見出していく所存です。

また、これらの海外出張は、各国の景況感を肌で感じる絶好の機会となり、先の見えないインフレの影響を受けている海外消費者の財布の紐は、想定以上に固くなっていることを実感しました。「現場」で生きた情報を得ることの重要性と必要性については、いつもお話ししている通りですが、2022年度は外部環境の変化を見誤ったことで、想定外の業績悪化を招いた事業もありました。例えば、Dole事業は、サプライチェーンの混乱による急激な輸送コスト上昇の影響等により、採算が悪化していましたが、サンクスギビングやクリスマス等の需要期に価格転嫁することで、採算の改善を見込んでいました。しかしながら、Dole事業の需要地である米国は、インフレの加速に伴い、年末には既に消費マインドが低下しており、そのタイミングでの強気な値上げを消費者が受け入れることはありませんでした。私が特に問題視しているのは、「マーケットイン」や「ハンズオン経営」を掲げている当社が、この難しい経営環境にもかかわらず、マーケティング戦略を現地採用の責任者に「丸投げ」し、現場の消費状況や競合の値付け情報を把握せず、現場に程遠いシンガポール本社の遠隔管理で間接対応をしていた点です。即時マーケティング責任者のポジションに当社のプロを派遣して、主戦地である米国事業の立て直しに着手しており、業績の回復を図っています。今年7月には私も米国を訪問し、自分の目で「ハンズオン経営」が着実に進んでいることを確認してきました。オンラインツールの急速な普及等に伴い、社員がリアルな「現場」に対する意識の低下を招かぬように、改めて現場主義を徹底していきます。

脱炭素化への取組状況

国内外のお客様との面談等を通じて、脱炭素化の潮流の変化も感じています。今年5月に開催されたG7広島サミットでも長期的な脱炭素化の方向性に関する議論はありましたが、GHG排出量削減の具体的な道筋は未だ明示されていません。ロシアのウクライナ侵攻以降、欧州では、LNG等のエネルギー価格の高騰に伴い、コスト的に安価な石炭火力発電所の再稼働が相次いで表明されると同時に一般炭の需要は急増しました。更に日本でも、電力会社向けに需要が高かったロシア産の一般炭に代替すべく、ロシア産以外の一般炭に対する需要は高まりを見せており、足元の脱炭素化は停滞を余儀なくされています。当社は、現中計期間中の一般炭権益からの完全撤退を掲げており、2018年度以降、他商社に先駆けて4つの一般炭権益のうち3つを既に売却しました。残り1つとなった一般炭権益を売却し、一般炭権益からの完全撤退を図る方針自体に変わりはありませんが、総合商社としての安定供給責任、更に足元の一般炭価格の下落局面における妥当な売却価格といった経済合理性等も総合的に勘案した上で、適切な撤退のタイミングを計っています。今後の売却の進捗状況については、ステークホルダーの皆様にも適宜ご説明させていただきます。 (→気候変動に関する考え方・取組み)[PDF]

当社は、トレードや事業投資といった本業を通じてGHG排出量の削減に貢献していく方針ですが、GHG排出量削減を持続的かつ着実に推進していくためには、すべての採算を度外視して取組むのではなく、現在の収益力と当社自身の持続可能性を担保するために、確実に「稼ぐ」ことに繋がるSDGsビジネスに取組むことが重要です。航空業界は、GHG排出量削減の規制が制定されて以降、サステナブル燃料の需要が高まっています。当社は、国内外の航空会社に従来のジェット燃料に代わる再生航空燃料(SAF)の供給を開始する等、その取組みを着実に進めています。SAFの供給は、大型の設備投資も必要なく、トレードで培ったノウハウを活かすことができる、まさに地に足をつけたSDGsビジネスです。また、当社のお客様である鉄鋼業界は、GHG排出量が多く脱炭素化への対応を迫られていますが、そうしたお客様のニーズに対応すべく、当社は、2022年度に低炭素還元鉄の原料となるカナダの高品位鉄鉱石の権益に出資しました。国内の非資源分野への注力を掲げる当社が、海外の資源分野である本投資を実行したことに違和感を覚えた方も少なくなかったと思いますが、本投資は長年のパートナーが当社に優先的に売却してくれた案件であり、これまでの「信頼関係」がなければ、このような希少価値が高く価格競争力に秀でた優良権益の取得は実現しませんでした。短期的な利益貢献にとどまらず、中長期的には高品位鉄鉱石を原料とした低炭素還元鉄のサプライチェーンを構築することで、ビジネスチャンスの更なる拡大が期待できます。当社は、「稼ぐ」と共に産業界の課題解決にも繋がる、すなわち経済価値と環境・社会価値を同時に追求するSDGsビジネスを着実に積み上げていきます。 (→鉄鋼業界のグリーン化に貢献する低炭素還元鉄のサプライチェーン構築)[PDF]

3つの壁の打破

我々が業務に取組む際に注意すべき点は、所属する組織、世代や積み重ねたキャリアの違い等を理由に、無意識のうちにお互いに壁を作ってしまうことです。私はこれらの壁を打破することが、当社の「総合力」の更なる向上に繋がると考えていますが、社長COOになって気づいた「3つの壁」について、説明させていただきます。

1つ目は組織の壁です。総合商社は、業界や取扱商品毎に縦割りの組織を構えることが一般的ですが、私はお客様の訪問時には、相手が当社に求めている機能や知見を想定し、あらゆるご要望にお応えできるように異なるカンパニーの社員を複数名一緒に連れて行きます。例えば、自動車業界がEV化に舵を切る中、自動車メーカーの社長を訪問した時は、自社にない機能を補うため、IT企業や電池メーカー等との異業種連携を進めていることを念頭に置き、自動車業界を担当する機械カンパニーの社員に加え、蓄電池や電力ビジネス等に精通するエネルギー・化学品カンパニーの社員を連れて行きました。EVは、人やモノを運ぶ単なる乗り物ではなく、家・建物との充放電を通じて、地域の電力ネットワークを繋ぐ重要なツールとなり得ます。当社は、蓄電池関連のバリューチェーンや電力小売りといったEVと密接に繋がる領域に「強み」を有しています。更に、当社の「総合力」を発揮し、例えば、伊藤忠エネクス(株)等における太陽光発電のEVへの活用、ファミリーマートにおける充電設備の設置といった事業拡大も着実に進展しています。当社の考えるEVの可能性や周辺事業の構想は、まさに自動車メーカーの社長が求めていたものであり、協議を重ねた結果、当社が「相棒」として選ばれ、EV導入に必要な機能を提供するアライアンスが構築されました。総合商社は一般に、組織毎に壁が存在しますが、私は、社長COOなので組織の壁は関係ありません。担当の業界・取扱商品に固執せず、お客様の変化やニーズを捉える「マーケットイン」に立脚したビジネスを社員と共に創造していくことで、組織の壁を打破し商売を拡げていきます。

2つ目は社内におけるコミュニケーションの壁です。行動制限が解除されてから、社内の会食も増えてきました。古い考えかもしれませんが、人が最大の経営資源である当社にとって会食等を通じ、社員同士が本音で将来への熱い想いや商売について語り合うことは、社内の「信頼関係」の構築や円滑な業務遂行にも繋がると思います。若手社員のエンゲージメント一つとっても、効率的な働き方が求められている今こそ、社内におけるコミュニケーションの質を上げ、関係性を深めることが重要です。私が入社した頃は、先輩の背中を見ながら時間をかけて仕事を覚えてきましたが、時間的な制約がある現在は、雑談をする間も惜しんで足元の業務に専念している社員も多いかと思います。上司は背中を見せるだけではなく、部下に対して期待する役割やスキル、将来像等について丁寧に説明すると共に、悩みを解決し育成することが重要です。信頼できる上司から期待をかけられた部下は、ひとたび現場に赴けば、仕事にやりがいを見つけ、必ず夢中になれると思います。当社が160年超という長きに亘り生きながらえてきたのは、人を育て、育った人が次の世代を育ててきたからです。コミュニケーションの壁を取り払い、全社一丸となって商売に邁進していきたいと思います。

最後は私自身の壁です。営業一筋であった私にとって、IR活動はこれまで馴染みの薄い分野であり、決算説明会等におけるアナリスト・投資家の皆様からのご質問に対しては、専門用語を駆使して公式回答をしなければならないという思い込みも手伝って、無難な回答に終始していました。そのような中、あるアナリストの方から、「もっと石井さんらしさを出した方が良い。細かなことにこだわらず、石井さんご自身の考えや見立てを聞きたい」とのアドバイスをいただきました。専門的で特殊な世界と思い込んでいたIR活動ですが、自分の言葉で腹を割って話すこと自体は、これまで営業で取組んできたことの延長線上にあります。自らの内なる壁を打破し、私自身の考えをお伝えすることで、資本市場における「信頼関係」を強化していきます。

「現場」への回帰

社長COO就任以降、8,000億円超の連結純利益を2年連続で達成しましたが、円安や資源高等の恩恵があったのも事実です。8,000億円の収益ステージを盤石なものとするために、現状に満足して立ち止まっているわけにはいきません。2023年度は、この上なく不透明で不安定な経営環境にありますが、今後の収益基盤の強固な礎を築くため、成長投資に舵を切る大事な1年となります。過去の失敗事例から得られた反省と教訓を活かしつつ、「ハンズオン経営」でシナジーの極大化を図る、そうした成長投資に取組んでいきます。ステークホルダーの皆様には、今後とも変わらぬご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。 (→特集2:「既存事業の磨き」と「新たな布石」)