COOメッセージ

写真:いしい けいた


「人間力と感性の鍛錬」を通じて、
現場力・修正力に磨きをかけ、
伊藤忠商事の未来を切り拓いていきます。

写真:いしい けいた

代表取締役社長COO(兼)CSO

人間力と感性の鍛錬

「人間力と感性の鍛錬」、この言葉は、2025年4月の入社式で新入社員へのメッセージとしてお話ししたことの一つです。これから当社の未来を共に切り拓く「商人の卵」に、私自身の言葉として何を伝えるべきか、実は毎年頭を悩ませています。40年超に亘る自身の社会人生活を振り返ると、化学品の受け渡しから、海外サプライヤーとの価格交渉、所属組織のマネジメントとしての対応等、立場や国にかかわらず、大切なことは「人間力」、つまり誠実さや人柄がすべての仕事の土台だったと改めて感じています。若かりし頃を振り返ると、もっとこうしておけばよかったと思う場面はいくつもあり、自分自身への反省も込め、「商人」として何よりも身に付けて欲しいものと考えています。

もう一つの大切なこと、「感性」にも触れておく必要があるでしょう。「商人は水であれ」という言葉にもあるように、ビジネスにおいて、社会の潮流や風向きを読み、様々に変化するお客様のニーズに変幻自在に対応していく「感性」を磨くことが、お客様が求めるものの本質を見抜く力に繋がります。この「感性」も「商人」に欠かせない力であり、これもまた机の上で身に付けるものでも、AIによって生成されるものでもなく、やはりリアルの「現場」に出て鍛え上げるものです。例えばお客様を訪問する際も、目的の商談に入る前から、訪問先のオフィスを観察すれば、受付の雰囲気や他の訪問客の様子から感じ取れることは多くあります。今でこそ少なくなりましたが、昔はお客様の机まで伺って話をすることもありました。机に飾られている写真1枚から家族や趣味等、その方の人柄を窺い知ることができます。つまり、現場に情報は溢れており、そこから得られる情報は無限です。このように現場から得られる情報を感度高く吸収し、咀嚼し、その上でお客様と商売の世界に心から向き合うことが「商人」の基本です。

磨かれた「感性」から考え抜いた顧客起点での行動と、人を惹きつける「人間力」が重なり合い、お客様との「信用」を積み上げる土台になります。「今度の担当は、時間を守り誠実そうで気が利くな」、「うちの会社の事情をよく理解してくれていて、良い提案をタイムリーに持って来るな」、「次回も伊藤忠に相談しよう」といった信用の連鎖を積み重ねることが、人脈となり、ビジネスチャンスとなる。この考えは、新入社員のみならず、当社が「マーケットイン」を徹底する土台となる姿勢だと考えています。

修正力の発揮

実は、全社員向けのメッセージで「人間力と感性」に加え、もう一つ磨くべき力について話をしました。それが「修正力」です。足元、米国トランプ政権が繰り出す関税政策や世界各地で高まる地政学リスク等、ビジネスの最前線には予測困難な外部環境の変化が次々と押し寄せ、これまでの発想の延長線上では通用しない、まさに「修正力」が問われる時代となっています。状況の変化をいち早く察知し、計画や戦略を柔軟に修正しながら前に進む力が不可欠となります。情報には、テレビやインターネット、SNSから得られる比較的オープンな情報と、その人の人脈ならではのクローズドな情報があります。オープンな情報はデジタルの活用によって瞬時に拡散され、誰もが利用することができる時代です。一方、お客様との信頼関係に基づく情報ネットワークから派生する現場でのクローズドな関係性から得られる生きた情報は、「ここぞ」という局面で差を生む先手の危機対応、すなわち「修正力」の発揮に欠かせないものとなります。

2024年度も資源価格の下落や一部案件の操業不調等が重なり、決して平坦な1年ではありませんでした。その中でも期初計画通り10%の成長を達成し、過去最高益を更新できたのは、当社グループ全体での現場起点での「修正力」の発揮があったからです。各ビジネスの現場に深く根ざし、質の高い情報ネットワークを活用し、先手先手の対応を進めた事業会社は数多く、事業会社損益は過去最高となり、黒字会社比率も90%以上、約3割にあたる事業会社が最高益を更新しました。これは、まさに当社グループの「修正力」の高さを示す事例と考えています。

外部環境の変化に合わせ、柔軟な対応が求められるのは、ESGや脱炭素といったテーマも同様です。足元、世界的な政策の揺り戻しや、脱炭素社会への移行を巡る時間軸の変化が起きています。但し、持続可能な社会に向けた移行は長期的には不可逆の流れであり、細かに観察すると、個々のビジネスへの影響はまちまちです。ESG関連の各種取組みは現実に即して修正しながら、何よりも実際の消費者ニーズも踏まえて前進することが不可欠です。AIの進展に伴う世界的な電力需要増加を受け、再生可能エネルギーや電力供給を安定化させる蓄電池等、足元の状況下でもニーズが高まる領域は存在します。現場で磨いた感度と柔軟な修正力を活かしながら、地に足の着いた現実的な視点でESGや脱炭素ビジネスについても持続的な取組みを進めていきます。(→着実なサステナビリティ推進のための取組み)[PDF]

タテ割りの打破による新たな商いの創出

2025年4月の入社式以降、私自身も新たに「CSO」の職務を担当することになりました。これまでは社長COO(Chief Operating Officer)、つまり現場のトップでしたが、CSO(Chief Strategy Officer)として戦略を統括する経営企画部門のトップを兼ねています。役割の追加にあたり執務フロアもより現場に近い場所に移動しました。業務部をはじめとする、多くの部署が居並ぶフロアには日々多くの情報が飛び交います。2024年度まではCSO・業務部が立案した計画や戦略を会長CEOと共に判断する立場でしたが、現在は業務部員が議論する声のトーンや熱量等を肌で感じる距離感で、日々生じる事象に対応すべく、打ち手や戦略を共に検討しています。このような新たな視点で仕事をすると、気が付くことも多くあります。例えば、経営企画部門には全世界から大量の情報が集まりますが、経営企画部門の性質上、自ずと現場との距離が開きがちになり、その結果、業績動向の数字だけを追う集計屋になってしまう懸念を感じました。私は世界各地の現場に直接足を運ぶ機会が多いため、現場で感じた経営環境の変化を伝え、現場と経営の一体感を更に高めることが私の責務です。

もう一つ、CSOの兼務にあたって重要な使命と捉えているのがタテ割りの打破です。業務部は各カンパニーから派遣された優秀な人材で構成されていますが、派遣元である各カンパニーに紐付いている分、タテ割りの発想にとどまってしまう懸念もあります。しかしながら、タテ割りの発想ではマーケットが当社に期待する新たな価値を生み出すことはできません。今の時代、例えば、大手携帯キャリアと金融機関の提携のように、異業種・異分野の強みを掛け合わせ、これまで存在しなかった価値や市場を生み出そうとする動きが見られます。このような動きを先導して切り拓くことこそが、総合商社に求められていることの一つではないでしょうか。2024年度は(株)WECARSや(株)パスコ等、従来の事業領域を超えた価値の掛け合わせに繋がる案件も積極的に進めてきました。2025年度も1兆円の成長投資を掲げる中、当社の総合力や川下起点の発想を最大限発揮し、規模感ある成長投資を実現していきたいと考えています。会社の代表としてのネットワークを持ち、全社を取り仕切る社長のポジションを活かして、複数カンパニーを横断的に動かし、カンパニーの枠を超えた新たな商いを創出していくことがもう一つの私の責務です。(→ファミリーマートの事業基盤を活用したビジネスの創出・拡大)

着実に業績を伸ばし、2025年度も2年連続での過去最高益を目指す立ち位置にある当社ではありますが、私の立場として気になっていること、当社の課題として感じていることにも少し触れたいと思います。それは海外展開の強化とデジタル・AIの活用です。2024年度も多くの事業会社や海外拠点に赴きましたが、現地法人の社長として過去に駐在していたタイでは円安等による日本のプレゼンス低下を感じました。加えて、コロナ禍以降のコミュニケーションの変化は、現地法人を介さない本社と海外客先とのやり取りの増加に繋がり、海外拠点での事業領域を超えた横の発想や人脈が弱まっているとの危機感も感じます。当社は、特に国内・非資源分野での強固な事業基盤を有していますが、裏を返せば海外にはまだまだビジネス拡大の余地があり、海外でのビジネスチャンスの獲得は当社の課題の一つです。グローバルサウスの国々をはじめ、海外では人と人との関係がビジネスの成否を大きく左右します。相手の懐に飛び込み、信頼関係を築くことで、思いもよらぬビジネスチャンスが広がることも多く、現場の社員にはリーチすることが難しい各国の要人や企業のトップの元に、社長の立場を活かして私が率先して赴くことで、海外ビジネス拡大の「突破口」を開きたいと考えています。

また、デジタル活用もより重要性が増しているテーマの一つです。AIの進化は目覚ましく、私たちのビジネスや社会の在り方を大きく変えつつあることは、皆さんご承知の通りです。しかし、例えばインドや米国のような国々と比べると、AI活用に対する意識には差があり、大きな危機感を感じています。このためには、まずは「最先端の技術に触れて、自ら体感しろ」と強く言いたい。私はデジタル化はコストではなく、将来のための先行投資だと考えています。海外における最先端のデジタル・AI活用事例を自分の目で学び、いち早く日本に持ち込むことで、顧客や消費者にとってより付加価値の高い商いを創出する可能性は無限にあります。また、デジタル活用は、今まで別の領域にあると考えられていたビジネスを繋げることが可能です。当社においても、「マーケットイン」の感性を磨き、アンテナを常に高く持ちながら、柔軟な発想とスピード感を持ってデジタル・AIの活用を進めていきます。(→持続的な企業価値向上のためのデジタル戦略)[PDF]

伊藤忠グループの底力

タテ割りの打破や海外展開、デジタル活用は、言い換えれば当社が一段上の成長を目指すにあたっての成長余地、つまりは潜在力ともいえるでしょう。もう一つ、私がステークホルダーの皆様にお伝えしたい重要な成長の潜在力があります。それは2024年の私のメッセージで「宝」であると申し上げた事業会社群です。

2024年12月には主要事業会社の優秀社員を招いた「プレステージランチ」を初めて開催しました。伊藤忠グループを支える事業会社各社で、複数年に亘り卓越した功績を挙げた社員に感謝を伝えることを目的に開催したものです。業界も規模も異なる様々な事業会社の方々が集まる場で、どのような雰囲気になるか想像がつきませんでしたが、初対面とは思えないほど自然と話に花が咲きました。後日、創業地訪問も企画され、その後も参加者同士での繋がりもできているとのことで、冒頭に申し上げた、伊藤忠グループ全体における「人間力」の高さをひしひしと感じる機会となりました。それと同時に深く印象に残ったのが、当社の「稼ぐ、削る、防ぐ」や「コミットメント経営」という経営哲学が、前線の現場社員にまで驚くほど浸透しているということです。当社が繰り返し発信しているこれらの言葉について、当社の役職員と同じくらい自然に会話の中に織り込み、その意味や重要性をしっかりと理解した上で実践していることが分かりました。時間をかけて現場に浸透し、次第に当社グループの「経営哲学」にまで昇華し、しっかりと根付いてきたといえるでしょう。伊藤忠の強さはまさにここにあるのだと考えています。

社長就任から4年が経ち、決算説明会やスモールミーティング等で、マーケットの皆様と対話をする機会も積み重ねてきました。当社の「成長の潜在力」をより深くご理解いただけるよう、2025年度も私が先頭に立って現場を引っ張り、当社グループの「底力」を高めつつ、企業価値の更なる向上に挑戦していきます。

写真:いしい けいた
写真:いしい けいた