COOメッセージ

「現場の喜び」を共有しながら、
事業領域の拡大を牽引し、
新たな高みに向け、着実に歩みを進めていきます。
商いの原点を全社一丸となって徹底し、
経営方針に掲げた「利は川下にあり」に基づき、成長戦略を確実に遂行していきます。


代表取締役社長COO
「現場の喜び」
社長に就任して早3年が経過しました。新型コロナウイルスに関する行動制限が解除され、2023年度はようやく存分に現場を飛び回ることができました。対面で仲間と語らうという、当たり前の日常の有難さを噛み締めながら、海外駐在員や事業会社の皆さんに、直接私の顔を見て人となりを知ってもらい、当社の向かう方向性を共有してきました。私自身も、日々様々な情報を見聞きしていますが、現場で何が起こっているのか、自分の目で直接見て肌で感じることが重要だという考えは変わりません。
海外の現場では、大変嬉しい光景にも出会いました。当社では、入社数年目の若い社員でも、海外の事業会社への出向等、多くの現場に送り込んでいます。ある米国の事業会社では、そうした若い社員が現地スタッフに混じって東奔西走する頼もしい姿を目にしました。出向先では人員が限られるということもあり、その若手社員もチームの中で役割を与えられ、期待に応えるべく、使命感に燃え活き活きと仕事をしていました。いわゆる「Z世代」と呼ばれる若い世代は、「冷めている」、「自分のできる範囲のことしかやらない」と評されることもあります。しかし、世代に関係なく、人は責任ある役割を与えられ、チームや組織に貢献できているという実感を得られれば、充実感を覚え、一生懸命頑張るものだと胸が熱くなりました。これこそが商社ならではの「現場の喜び」であり、その積み重ねで「商人」が育てられていくことを改めて実感し、現場を駆けずり回っていた自分の若い頃を思い出しました。
1983年に入社した私は、化学品部門で営業活動に邁進し、失敗と成功を繰り返しながら「現場の喜び」を体中で味わってきました。お客様のニーズを読み違えたり、手順を間違えたりと、多くの失敗も経験しました。ただ、失敗は悪いことばかりではありません。何より失敗を挽回しようと、改めて全力で仕事に向き合います。そして、思い通りにいかない場合にどう対処すべきか、という選択肢を持つことの重要性に気づくものです。変化の激しい現代では、自分の想定通りに物事が進まないのは当たり前です。だからこそ、常に多くの選択肢を自分の中で持っていることが商売の基本です。従い、私は経営会議で案件を審議する際、申請書に沿った話だけでなく、想定外の事態が発生した時にどのように対処するのか、どれだけの選択肢を用意しているのかを必ず確認するようにしています。
「利は川下にあり」の時代

私の若手時代の商売の作り方は、今とは全く異なるものでした。当時は、メーカーの販売代理店として、メーカーが売りたい商品を担いで売り歩くのが商社のビジネスでした。まさにプロダクトアウトの時代だったのです。私も、メーカーから商品を確保するため、世界中を飛び回り、新たな販売先の開拓や市場の情報をいち早くメーカーに届けることに大きなやりがいを感じていました。
では現在はどうでしょう。私たちはインターネットを介して、どこにいても同時に同質の情報に触れることができます。メーカーが販売先と繋がってしまえば、商社を介さずとも、直接取引交渉ができてしまいます。商社の存在意義はどんどん低下し、より大きなリスクを負担しなければ商売に絡めない時代です。新しい機能やネットワーク、あるいは顧客の課題解決に資するソリューションを提供しなければ、ビジネスは作れず、継続もできなくなってきています。そうした時代に当社が出した答えは、「利は川下にあり」、そして「マーケットイン」です。商売における主導権は、需要家や最終消費者に近い「川下」に移ってきています。総合商社の中でもトップクラスの厚みを誇る川下の事業基盤を活かし、需要家や最終消費者のニーズを的確に捉える「マーケットイン」の発想の下、商売を作り出していくのが、これからの伊藤忠商事です。
また、「利は川下にあり」にはもう一つの意味が込められています。それは、「川下目線で商売・ビジネスのヒントを掴み、川下起点でその領域を大きく拡げる」という取組み方です。当社は繊維を祖業とし、繊維、食料、金融、リテールビジネス等、消費者接点やそれに近い生活消費分野を中心に事業ポートフォリオを多方面に拡大させてきました。その最たる例が、ファミリーマートです。ファミリーマート自身でも知恵を絞り、来店客数や日商の増加等、更なる発展に向けて取組んでいますが、当社グループでは、1日当たり約1,500万人もの消費者との直接接点を活かし、食品流通や包材開発、プライベートブランド(PB)商品の開発、更には広告・メディア事業の立ち上げ等、関連ビジネスを育みながら、グループ全体でも利益を拡大させています。また、2023年に非公開化したCTCは、コンサルティングやデータ分析等、川上から川下までのデジタルバリューチェーン全体を拡充させ、お客様のデジタル化ニーズの高まりに応えています。当社や当社の事業会社が関わる様々な産業領域のお客様と、CTCを軸としたデジタルバリューチェーンを掛け合わせることで、その事業領域は更なる拡大を目指せるでしょう。(→特集 強みを活かした商いの創出)
一方で、今、私は一つの危機感を覚えています。例えば、今後格段に普及が見込まれるEVを取り巻く世界。私が育ったのは化学品部門ですが、そのプラスチック原料の営業担当だからといって、既存の商売の話だけをしていても今後領域が広がらないどころか、その商売自体もなくなってしまうかもしれません。社会やお客様のニーズは日々刻々と変化しています。例えば、ガソリン車からEVに変わることで車体の構造が変わります。また、車載電池は重いので、軽量化のニーズ・課題があります。強度と軽さを兼ね備えた構造材は、鉄以外の金属なのか? それとも合成樹脂なのか? その材料に使われる接着剤や塗料はどうなるのか? EVのタイヤに必要な機能は? 車載電池の寿命やリサイクル化は? EV通信機能の適応領域は? 等、お客様との会話の中でどんどん疑問や知識を膨らませて課題を抽出することが商売の出発点になります。そこから、関連業種、社内で言えば、機械カンパニーの自動車部隊やエネルギー・化学品カンパニーの電池部隊、金属カンパニーと交流・対話することで、裾野が広い商売のネタへ広がっていくかもしれません。今の市場ではそのような複合的な機動力が評価される時代になっており、この期待に応えられなければ、我々は生き残れません。逆に、商社が持つネットワークや繋がりを活かし、お客様が抱える様々なニーズ・課題に応えるようなソリューションを広く提供してこそ、商売も維持・拡大することができる、そんな時代になっているのです。まさに「利は川下にあり」の時代に必要な商売へのアプローチです。これが、経営方針の副題を「利は川下にあり」とした理由です。(→経営方針)
バリューチェーン全体で対応する脱炭素化
2023年11月から開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では、改めて「化石燃料からの脱却」によるエネルギー転換が呼びかけられました。一方、ロシアのウクライナ侵攻を契機とする世界的なエネルギー価格の高騰を背景に、各国とも脱炭素とエネルギー安全保障の両立という難しい課題に直面しています。当社も、化石燃料事業・権益のGHG排出量削減を進めており、2018年度以降、4つの一般炭権益のうち3つを既に売却しています。残る1つの権益についても、対面業界への供給責任や売却価格等を慎重に見極めながら、柔軟かつ機動的に撤退を行うべく、状況を注視しているところです。
生成AIをはじめ、データの利活用が拡大し、爆発的に増加する電力需要に対し、再生可能エネルギーを含めた脱炭素・低炭素のエネルギー源だけで賄うことは、当面は難しいでしょう。脱炭素・低炭素のプロジェクトも、経済性・事業性がなければ長続きしません。特に、再生可能エネルギーの取組みは、権益保有者だけが儲かる権益ビジネスとは異なり、バリューチェーン参加者を含めた連携が欠かせません。水素・アンモニアの取組みでは、グリーン水素の確保や高効率な製造と運転、船舶やパイプライン等の輸送手段、消費地での貯蔵・出荷拠点の整備等、すべてを一体で考えていく必要があり、例えば、アンモニア燃料船を運航する船舶業界等を巻き込むことが重要です。また、不安定な再生可能エネルギーを繋ぐハブとなる蓄電池は、従前から私がその重要性を唱えてきた分野であり、注目度が高まっていることを嬉しく感じています。水をダムに貯めておくように、電気も貯めておくことができれば、一段と有効な電源として活用することができます。家庭用蓄電システムの更なる展開、各事業者の脱炭素化ニーズに応える産業用蓄電システムの導入、再生可能エネルギーと需要家を結ぶ系統用蓄電所ネットワークの構築等、ビジネスの可能性は無限に広がっています。
新しい経営方針でも、前中計で掲げた「SDGsへの貢献・取組強化」の基本方針を継続しています。総合商社のネットワークや繋がりを活かし、様々な業界のパートナーを巻き込みながら、皆で経済価値と環境・社会価値を同時に追求する、新たなSDGsビジネスを着実に推進していきます。(→「スピード」と「実行力」を伴うクリーンテックビジネス)
グループ一丸となって新たな高みへ
当社の源流である近江商人は、遠く離れた行商地で、対話や見分を通じてお客様のニーズを掴み、日本中を駆けずり回って求められるものを目利きして仕入れ、納めることで、お客様の信頼を勝ち得て、商いを拡大してきました。これは「マーケットイン」そのものであり、「商人は水」の如くニーズに的確に対応していくという伊藤忠商事の商売の基本です。もう一つ、近江商人が大事にしていたことがあります。初代伊藤忠兵衛は、月6回、全店員参加で無礼講のひと時を過ごす「すき焼き会」を催していたそうです。そうした家族主義的な経営は、事業会社を含めた、すべての伊藤忠商事に関わる人々を大切にする文化として、今も受け継がれているような気がします。例えば、入社式は多くの会社で開催していると思いますが、当社では「退職セレモニー」も開催しています。半期毎に開催されるセレモニーでは、長年会社に貢献した社員に対し、社長である私自身が一人ひとりに感謝状をお渡ししています。手作りならではの温かい雰囲気で、若手・中堅時代の写真や映像を振り返る等、思い出に残る企画を行っています。また、「事業会社表彰制度」も当社の特徴的な取組みの一つでしょう。優秀な経営成績を上げた事業会社を表彰し、社員と共に喜びを分かち合うためのお祝いをお渡ししています。当社の黒字会社比率は、92%という極めて高い水準にあり、2023年度も数多くの事業会社が最高益を更新しながら右肩上がりで業績を向上させています。この背景には、こうした事業会社との一体経営があると考えています。事業会社は当社グループの着実な成長を支える「宝」です。
新しい経営方針の初年度である2024年度の連結純利益は、前期比約10%増益の8,800億円を計画しています。計画を確実に達成し、更にその上のステージを目指す伊藤忠商事には、立ち止まっている暇はありません。次の高みに向け、営業も職能も、若手社員もベテラン社員も、そして事業会社も一丸となって「マーケットイン」の姿勢を徹底し、川下起点の新たな商いを生み出していきます。ステークホルダーの皆様には、今後とも変わらぬご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。