CAOインタビュー

「三方よし」を指針に、現場目線での「本質」を追求した取組みを通じ、持続的な企業価値の向上に繋げていきます。

代表取締役 副社長執行役員 CAO

小林 文彦

Q1.伊藤忠商事のサステナビリティに関する基本的な考え方をお聞かせください。

A1.「実行すべきこと」と「具体的な道筋」の設定を心掛け、現場目線で「本質」を追求することにこだわっています。

当社はサステナビリティに関する取組みにおいて、常に現場目線で「本質」を追求することにこだわっています。商いを通じて企業価値向上に着実に繋げていくという基本姿勢の下、信用を重んじる商人として、時代の潮流に漫然と追随するのではなく、社会課題の中で当社が優先的かつ主体的に解決を図る「実行すべきこと」を重要課題(マテリアリティ)として定め、達成に向けた「具体的な道筋」(アクションプラン)を同時に設定して取組んでいます。(→サステナビリティ推進の取組み)

取組みの方向性を定める上での判断軸となるのは、創業以来、当社の底流に流れ続けてきた初代伊藤忠兵衛の創業の精神、「三方よし」です。目先の利益を追うことなく長期的な目線に立ち、自社だけではなく取引先や社会の利益も重んじてきた創業来の商いの哲学が、これからも持続的な発展の指針となっていくことに変わりはありません。

Q2.人材戦略の特徴と狙いについてお聞かせください。

A2.「日本一良い会社」を目指し、独自性の高い施策で「働きがいのある職場環境の整備」に努めています。

人事施策を重要な経営戦略と位置付け、「本質」を追求した取組みを徹底しています。

約4,200名という大手総合商社で最小規模の単体従業員数で、熾烈な競争を勝ち抜くためには、労働生産性を高める必要があります。そのためには、一人ひとりの社員が健康を維持し、やりがいを持って、思う存分に個人の能力を発揮する環境を整備する必要があると考えています。2013年度に導入した「朝型勤務」はその代表例です。社員の夜型の多残業体質からの脱却、健康改善や業務効率化で創出した余剰時間を、お客様対応や能力開発、健康増進に繋げることに主眼を置いたもので、世の中の「働き方改革」の先駆けとなりました。

定性的な長期目標としては、「日本一良い会社」という企業像も追い求めています。きっかけは、「私の中では、伊藤忠が一番良い会社です」という言葉を残し、4年前にがんで亡くなったある社員の一通のメールです。岡藤会長CEOはその社員の霊前で、涙ながらに「日本一良い会社」にすることを誓いました。この時に導入した「がんとの両立支援施策」をはじめ、独自性の高い施策で、社員が安心して働くことができる環境の整備を推進しています。

2021年は、就職人気企業ランキングで主要7機関から総合商社No.1、そのうち4機関から全業種No.1の評価を獲得しました。これはやや穿った見方かもしれませんが、学生さんたちにとって当社がこの先、自身の人生を託すに値する「サステナブル」な企業であると感じていただけている証しなのではないかと思うのです。「日本一良い会社」という理想にゴールはありませんが、着実に前進している手応えを感じています。(→人材戦略)

Q3.新型コロナウイルス対応の背景にある考えを教えてください。

A3.現場を守る社員の安全を重視すると共に、社会のお役に立ち、1日も早い経済回復に貢献できればと考えています。

「本質」を追求する取組みは、コロナ禍における様々な対応でも一貫しています。当社が経営の軸足を置く生活消費分野では、取引先企業が最前線で人々の日常生活を支えており、当社も全力で現場を守らねばなりません。勿論、何よりも重視すべきは社員とその家族の安全ですので、最大限に厳格な感染対策を講じ、かつ感染状況を注視しつつも、勤務体制を硬直的に定めることはせずに、2020年より20回程度にも及んで、出勤率を機動的に変更してきました。

また、1日でも早く現場で働く社員に安心してもらいたいという想いから、ワクチンの職域接種についても、政府による方針公表後、いち早く実行に移しました。当社の社員はもとより、東京・大阪本社ビルで勤務するグループ会社の社員、東京本社ビルの受付・警備・清掃・食堂等の業務委託先の社員等、約6,000名の希望者全員への接種を実施しています。

職域接種にあたっては、ただ社員の接種を急ぐだけではなく社会のお役に立てることはないか考えました。企業による大規模接種会場や医師の確保が地域医療の負担を増大させるという新たな社会課題が生じていたため、当社では、自社の社屋で、当社の産業医と看護師、社員ボランティア、独自のシステムの活用といった、自社で完結できる身の丈に合った職域接種の実施を重視しました。また、当社の取組みが多くの企業に広がり、地域医療の負担低減と1日も早い経済回復に貢献できればという想いで、職域接種で得たノウハウやマニュアル、都度発生する課題は当社ウェブサイトで日々公開し、同時に接種会場も医療機関関係者や企業の担当者様に公開しました。多くの方が見学にお見えになり、地方公共団体からも大きな反響の声をいただいています。

保育士の方々も、現場を支える大切なエッセンシャルワーカーです。子供の安全が確保されてこそ、社員も安心して働くことができますし、医療従事者の方々も、保育士の尽力があってこそ医療に専念ができます。こうした考えから、当社事業所内保育所の運営委託先を通じ、東京・大阪に勤務する約1,500名の保育士の皆様にもワクチン接種を実施しています。保育士の皆様をはじめ、私たちの生活を献身的な努力で守っていただいている人々に対する支援の輪が広がることを願っています。

Q4.コーポレート・ブランディング活動の目的はどのようなものでしょうか?

A4.「世間」との接点を拡げ、より大きな社会的責任を果たし、企業価値を高めていくことです。

当社では2020年1月、ブランディングやクロスメディア戦略のエキスパート等で構成される「Corporate Brand Initiative(CBI)」をCAO直轄組織として設置し、コーポレート・ブランディングを推進しています。

2020年度に総合商社「三冠」を達成したこともあり、当社は、世間から総合商社を代表する存在として見られるようになり、以前にも増して大きな社会的責任を担っていると言えます。より幅広いステークホルダー、更には、社会全体の期待に応えていくためには、これまで当社にあまりご関心をお持ちでなかった方々を含む「世間」に対して、より当社の存在意義や活動を認知していただく必要があります。また、中期経営計画の基本方針として掲げる「SDGsへの貢献・取組強化」と「マーケットインによる事業変革」の着実な遂行を図るためにも、生活者や社会とのコミュニケーションを戦略的に進めねばなりません。こうした背景もあり、当社はこれまでとは全く異なるアプローチのコーポレート・ブランディング活動を進めています。

最初に取組んだのは、社内報を「広報誌」のコンセプトへと変えてクオリティを高め、社員だけでなく幅広いステークホルダーに読者を拡げることでした。誰が読んでも楽しめて、読み終わっても捨てられず、本棚に戻してもらえる雑誌をコンセプトとした「星の商人」は、東京・代官山と大阪・梅田の蔦屋書店にも置いていただく等、一般の方々との有効なコミュニケーションのチャネルとなっています。この他、新聞広告、当社ウェブサイト上での各種動画、SNSやラジオ番組等の様々なチャネルを通じて、ターゲット毎に工夫を凝らし、一般的に抱かれてきたこれまでの総合商社とは異なるイメージを打ち出しています。2021年4月には、当社のSDGs活動を発信するだけでなく、世の中のSDGsへの取組みも後押しする場として、「ITOCHU SDGs STUDIO」を開設しています。

企業側からの一方的な発信ではなく、生活者の視点に立ったコミュニケーションというアプローチを取ることができるのは、生活消費分野に強みを持ち、「マーケットイン」の姿勢を徹底する当社ならではだと思います。

Q5.近年、ESG外部評価が改善した背景をどのように分析していますか?

A5.具体性のある方針を示し、確実に実行してきた「本質」を追求した取組みが、評価の改善に繋がったと考えています。

2017年に年金積立金管理運用行政法人(GPIF)が3つのESG関連インデックスを選定した際、総合商社の中で当社のみ、どのインデックスにも採用されませんでした。ESG外部評価の低さを重要な経営課題と認識して、それ以降、CAO直轄のサステナビリティ推進部が主体となって、外部の意見を踏まえながら原因を分析し、開示後の評価を検証、更なる開示の拡充に繋げるサイクルを回してきました。私自身も幾度となく外部評価機関に赴き、対話を実施しました。そうした3年間の地道な取組みを通じ、現在ではGPIFが採用する4つのESG関連インデックスすべてにおいて総合商社として唯一採用される等、様々な外部評価機関にご評価いただけるようになりました。

また、2018年には、環境省の支援を受け、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に基づいたシナリオ分析を実施しました。そのシナリオ分析を通じた「実効性」を十分に見極めた上で、2019年にTCFDの提言への賛同を表明し、経済産業省・環境省・金融庁の支援を受けて設立された「TCFDコンソーシアム」にも参画しています。このような上辺だけの賛同ではない「本質」を意識した地道な取組みの結果が、「一般炭権益からの完全撤退」の方針や、業界初となる自社で保有するすべての化石燃料事業・権益のGHG排出量の開示にも繋がっています。中期経営計画の「SDGsへの貢献・取組強化」では、抽象的な取組方針や聞こえの良い言葉を並べるのではなく、長期目標の達成に向けた「具体的な道筋」を、定量的に示しています。こうした具体性を伴う方針を示し、確実に実行してきたことが当社の特徴であり、外部評価の改善に繋がったものと考えています。(→気候変動への対応状況)

Q6.企業理念「三方よし」の浸透をどのように進めていますか?

A6.特別な取組みはしなくても、一人ひとりが既に理解し、実践しています。

2020年4月にグループ企業理念を「三方よし」に改訂して以降、社内浸透のための説明会等の取組みは行っていません。これは一人ひとりの社員に既に、無意識のうちに企業文化として根付いていることから、特別な啓蒙は不要だと考えているからです。それほど「三方よし」は当社にとって馴染み深い精神です。「三方よし」を指針として、サステナビリティの「本質」を社員一人ひとりが理解し、商いの場で実践しているからこそ、各取組みが企業価値の向上に確実に繋がっているのだと思います。「SDGsへの貢献・取組強化」については、様々な現場で取組みが加速しています。「三方よし」が浸透している証左ではないかと、大変誇らしく感じています。

企業理念は最も苦しい時に社員が寄り添えるものであるべきと考えています。そのような企業理念が社員一人ひとりに浸透していることは、当社にとって幸せなことですし、伊藤忠グループが守っていくべき大切な財産であり、我々の金看板だと考えています。