社外取締役による座談会

伊藤忠商事の更なる企業価値向上に向けて

持続的な企業価値向上を目指す伊藤忠商事の経営の現場を、3名の社外取締役に語っていただきました。

取締役会の雰囲気をお聞かせください。

村木:2020年度は総合商社「三冠」を達成しましたが、2015年度に連結純利益で総合商社1位を獲得した時には、どこか現実味がない雰囲気だったように思います。ところが今回は、経営陣が自信と自覚を持って「三冠」という結果を受け止めており、継続的に1位を取れる会社に、伊藤忠商事のポジションが変わってきたことを実感しています。

川名:確かに、「三冠」を喜ぶよりも、一度きりの結果で終わらせないという意識で、既に始まっている2021年度以降に目を向けた議論が展開されていました。「稼ぐ、削る、防ぐ」の中でも、特に「削る」と「防ぐ」が繰り返し強調されており、好調な時ほど油断しない経営姿勢が徹底されています。

中森:「稼ぐ、削る、防ぐ」等の覚えやすい言葉の選択や「三方よし」が企業理念として改めて掲げられたことに、文化や伝統をしっかりと言語化して根付かせ、実践するという強いこだわりを垣間見ることができ、感心しています。経営陣の経営哲学を全役職員が理解し、体現できていることが、伊藤忠商事の大きな強みではないでしょうか。取締役会での議論は、債権回収や契約条件の精査等、かなり踏み込んだレベルで行われており、リスクに常に目を配ろうという意識が伝わります。「攻め」と並行して「守り」も怠らず、常に最悪のケースも想定した議論が行われている印象です。

新たな中期経営計画の策定に際してどのような議論がありましたか?

村木:1、2年ほど前はまだ少々抽象的だったSDGsに関する議論が、今回の中期経営計画「Brand-new Deal2023」では、本質を追求した活発な議論になりました。議論の結果が、「一般炭権益からの完全撤退」やGHG排出量削減等に関する具体的な定量目標とスケジュールに落とし込まれ、伊藤忠商事の本気度を感じました。

川名:医師という立場から見ると、例えば「朝型勤務」をはじめとする働き方改革や、「がんとの両立支援施策」といった健康増進策、社員が安心して働くことができる職場環境の整備等、様々なSDGsの理念に通じる施策がこれまでも講じられてきましたので、大きな驚きはありませんでした。SDGsの実現を通じて、「社会貢献」のみならず、「伊藤忠商事の持続的成長」に繋げるという視点で徹底した議論を重ねてきたので、提示された基本方針を、納得感を持って受け止めることができました。一般的にはもう少し曖昧に表現されがちなところを、十分に見通しを立てた上で、具体的なロードマップを打ち出す等、「有言実行」の伊藤忠商事らしい打ち出し方になったと思います。

村木:今回の中期経営計画策定に際しても、社外取締役の意見に真摯に耳を傾け、施策にしっかりと反映する姿勢を強く感じました。議論の過程では、事業の裾野が広い総合商社が行うSDGsへの取組みなので、コンセプトやその影響をステークホルダーの皆様にご理解いただけるように、分かりやすく、取組みの全体像や、過去から現在、未来へと繋がる「ストーリー」を描けないかとご提案しました。整理してみると、SDGsに関連する案件が、実は社内に数多く存在することも分かりました。総合商社は幅広い接点を通して、他の会社はもとより、社会全体のSDGsの実現に貢献できる点が大きな強みだと思いますので、それが公表資料上で「見える化」できたことは大変良かったと思います。

中森:この「ストーリー」での開示という提案をすぐに実行に移されたスピード感が伊藤忠商事らしいと感じました。社会との関わりをこれまで以上に意識するようになり、社員がそれぞれの取組みとSDGsとの繋がりを理解できるようになったのは、非常に有意義なことだと思います。また、ここ数年進めてきた「商品縦割り」の打破も、「ストーリー」として見えるようになりましたので、新たな取組みを生み出しながら、一層加速していくのではないかと思います。

石井社長COOの選任プロセスをお聞かせください。

村木:石井社長COOの選任に際しては、これからの伊藤忠商事にどういった経営者が求められるのかを起点に、指名委員会で丁寧に議論を重ねました。候補者に対して社外役員全員が、これまでのキャリアや考え方、会社を今後どのようにしていきたいかといった点をヒアリングして対象者を絞り、指名委員会での最終議論を経て、全員一致での選任に至りました。私は、大きな夢を持ち、高い目標を掲げつつも、そこに至るアプローチは非常に現実的で、体を動かす労も惜しまないという点が、「現場主義」を追求する伊藤忠商事の社長COOとしてふさわしいと評価しました。

川名:石井社長COOは、お客様のもとにフットワーク良く駆けつけて、信用を蓄積しながら商売するという商人の姿勢を長年徹底されてきた方であることが、社外役員によるヒアリングからも良く理解でき、皆さんの共通認識となりました。

中森:現場視点と全社視点のバランス感覚に優れており、人当たりが柔らかく、明るくてエネルギッシュさも伝わってきます。お客様が非常に親しみやすいだけではなく、人と組織を動かす資質のある方だと感じています。候補者へのヒアリングは、社長COO選任のためとは知らせずに、非常にオープンな雰囲気で実施しました。私たちが知りたいことをお伺いできて、大きな実りがありました。また、取締役会という限られた時間内ではなかなか分からない、伊藤忠商事の次世代を担う方々の人となりを知ることにも繋がり、今後、私たちが社外の視点から提言していく上でも有用な機会となりました。

新型コロナウイルスへの対応をどう評価していますか?

川名:新型インフルエンザ流行を想定した事業継続計画等が既に整備されており、日本での新型コロナウイルスの感染拡大がまだ見られないような時期から、感染拡大の影響が日本にも波及してくることを見越して、CAOの指揮の下、準備が進められていました。いち早く実施したワクチンの職域接種に代表されるように、常に先手先手で対策を打っているのが特徴的です。また、一律に在宅勤務の比率を高めるのではなく、出社率を週や日毎に柔軟に変えるのも、生活消費関連のビジネスが多い、伊藤忠商事にふさわしい働き方かもしれません。目まぐるしく変わる指示に、組織が迅速に対応できるというのは特徴的な企業文化ですね。

村木:私も同感です。例えば、新型コロナウイルスの感染が拡大した当初の話ですが、出社に不安を感じているという社員の意識調査結果を踏まえて、少し出社率を下げるといったことがありました。状況把握のためのデータ収集と対処がとにかく早いです。これはコロナ禍の対応に限らず、何事においても共通していると思います。3年ほど前の社外役員のヒアリングで、取扱商品・分野毎の縦割り組織の弊害や、ローテーションの長期化といった人事面での問題意識が若手社員から上がったことがありましたが、その際もデータを迅速に集め、それらの課題の大きさや原因等を精緻に分析した上で、すぐに改善の方向性を検討していました。

中森:伝統的な大企業では一般的に、意思決定と実行に時間がかかるケースが多いですが、出社率のきめ細かい変更に際し、水が大樹の枝先の葉まで一気に流れていくような、経営の意思が組織の末端まで浸透していく様子には驚いています。これは、風通しの良さが背景にあるからだと思います。社員に疑念を抱かせるような経営はしないという意思が、フェアで合理的な形で打ち出されていることも大きいのではないでしょうか。すべての人事施策に社員のモチベーションを上げる姿勢が鮮明に感じられ、それにより、社員の頑張りを引出す好循環に繋がっているように思います。

人材戦略や組織に課題はありますか?

村木:経営環境が大きく変化している中、取扱商品・分野毎の縦割り組織の打破、新しい技術の導入、若手社員の登用等にいかに取組んでいくかが重要になっていくと思います。会社の将来性の有無を判断するリトマス紙は、若手社員や女性社員が生き生きと働ける会社であるかどうかです。就任時から継続的に申し上げていることですが、特に女性社員の活躍促進は重要な課題だと思います。性別を問わない実力本位による登用という考え方は理解できますし、人事・総務部のリードによって制度面の整備も進んでいますが、ロールモデルが少ないため、女性社員が手を挙げにくい雰囲気があります。また、無意識のうちに、男性社員にバリアがある実態も残っています。ポジションが人を育てるので、一定の経験を積んだ女性社員は意識的に引上げ、女性社員もその与えられた責務をしっかりと果たしていくことが必要だと思います。

中森:そこでは、いかに管理職を含めた男性社員を巻き込んでいくかがポイントだと思います。一方、与えられた分野で高い専門性と自律性を身に付け、実績を積んだ後、マネジメントとして全社を見る流れになっているためか、社員一人ひとりの個性が強く、本質的な面では多様性が維持されているように感じます。

川名:社外からは昔ながらの日本企業の均質な組織構造に見えているかもしれませんが、ビジネスに対する考え方という面では、社内にはダイバーシティがあり、変化に強い組織だと思います。一方、これからは一部の傑出した優秀な人材が世の中を動かす大きな原動力になっていくとも言われている中で、現在の新卒者の一括採用中心のやり方だけでは、そうした人材の獲得はなかなか容易ではないと思います。現時点では、社内の人材育成で対応していく方針と思いますが、新たな発想を持った優秀な人材を社外から引込んでくることも、いずれ求められるようになるのではないかと考えています。

中森:優秀な人材を社外から採用する仕組みづくりは、反面では既存社員の不利益に繋がる部分もあるので、実現は容易ではありませんが、第8カンパニーはそうした新しい取組みを実験的に進められる場でもあると思いますので、より様々な分野での挑戦に期待しています。

村木:会長CEOに加え、CAOやCFOといった経営陣の任期も長期化しています。優れたマネジメントクオリティを次世代に引き継いでいくために、次の経営陣をどう育成していくのかが、今後の大きな課題だと認識しています。

今後の伊藤忠商事に対する期待をお聞かせください。

村木:これから日本がより活気のある社会になるためのキーワードは、異なるものが接点を持つことで生まれる化学反応だと考えています。異なるものを繋ぐ総合商社は、まさにそうした化学反応が起こり得る場であり、伊藤忠商事が動くことで、社会に貢献できる「面白い何か」が生まれる可能性は大いにあると思っています。是非この時代に合った機能を発揮し、イノベーションを生み出していただきたいです。そのためにも、社員がやりがいを持って働ける会社であり続けてほしいと考えています。

川名:社員がしっかり自分の役割を果たして利益を出すことで、世の中の役に立っていることを肌で感じ、一人ひとりが自己の成長を実感できることは、とても大切です。ビジネスの仕方や「商いの基本」といった軸足はぶらさず、輝き続けるための変化を厭わない会社であってほしいと思っています。

中森:岡藤会長CEOが常々「商社は水」とおっしゃっているように、時代に合わせて変化しつつ、社会の役に立ち、貢献できる会社であり続けてきたからこそ、現在があるのだと思います。今後も、ビジネスで社会要請に応える姿勢を強化しながら、SDGsへの取組みも加速していくことを期待しています。一方で、経営トップのリーダーシップが強い伊藤忠商事が持続的に発展していくためには、社外取締役の役割がとても重要だと思います。責務をきちんと果たし、株主をはじめステークホルダーの皆様のご期待に応えていきたいと考えています。

次の経営陣をどう育成していくのかが、今後の大きな課題だと認識しています。

社外取締役
村木 厚子

厚生労働事務次官等を経て、2016年6月に当社取締役就任。2020年度からは指名委員会の委員長を務め、経営陣幹部の選解任や後継者計画について実質的な議論を主導。また、内部統制・コンプライアンス、人材活用や組織活性化の分野において、数多くの有益な提言等を行っている。

ビジネスで社会要請に応える姿勢を強化しながら、SDGsへの取組みも加速していくことを期待しています。

社外取締役
中森 真紀子

主に公認会計士としての財務及び会計に関する高度な専門知識と企業経営者としての豊富な経験を持つ。2019年6月に当社取締役就任。2020年度ガバナンス・報酬委員会委員、2021年度指名委員会委員。内部統制・コンプライアンスやDXの分野において、専門知識・経験を活かした数多くの有益な提言等を行っている。

「商いの基本」といった軸足はぶらさず、変化を厭わない会社であってほしいと思います。

社外取締役
川名 正敏

東京女子医科大学病院副院長等としての病院経営の経験と医療に関する高度な知識を持つ。2018年6月に当社取締役就任。2020年度からはガバナンス・報酬委員会の委員長を務め、当社のガバナンスの更なる進化に貢献。また、健康経営やコロナ禍における社内防疫体制について、専門知識を活かした数多くの有益な提言等を行っている。