CEOメッセージ

ブレることなく、「稼ぐ、削る、防ぐ」を徹底し、「マーケットイン」の発想への転換を加速することで、時代の変化を捉え、大きな商機に変えていきます。

2020年度は、コロナ禍での難しい経営の舵取りとなりましたが、当社初となる時価総額、株価、連結純利益の総合商社「三冠」を達成することができました。2021年度は、過信・慢心を厳に戒めながら、新たな中期経営計画「Brand-new Deal 2023[PDF]」で掲げた目標を一つひとつ着実に達成し、更なる高みを目指していきます。

喜ぶのは1日だけ

私は、社長就任以来、創業者の墓前で毎年の経営成果を欠かさず報告しています。11回目となる今年は、創業来初となる時価総額と株価、連結純利益の総合商社「三冠」の達成を報告しました。

2020年6月、当社は時価総額と株価で商社セクターのトップに躍り出た後、その座を一度も譲ることなく2020年度末を迎えました。連結純利益についても、期初計画を確実にクリアすると共に、非資源分野を中心とした強固な収益基盤を武器に、まさに「真っ向勝負」を挑んで5年ぶりに総合商社No.1の座を奪還しました。資源ブームが終焉した2015年度以降の連結純利益の累計額で見てもNo.1、その間、一度も赤字に転落していないのも当社だけです。

これまで財閥系大手商社に挑み続け、常に退けられる歴史を歩んできましたが、耐え忍びながら当社の礎を築き上げてこられた諸先輩方からも、「三冠」に多くの喜びの声をいただきました。厳しい経営環境に対峙し、歯を食いしばって頑張ってくれた当社の社員と伊藤忠グループの仲間には、心から敬意を表したいと思います。

しかし、喜びを分かち合うのは、「三冠」達成が確定した1日だけです。私が毎年、墓参りを欠かさない理由は、いかに業界での地位が高まろうとも自らを律し、「商人」としての自覚を忘れないためでもあります。米国の実業家で経営学者でもあるクレイトン・クリステンセンは、その著書「イノベーションのジレンマ」の中で、「一時的に成功したことが皮肉にもその後の衰退を招く契機になる」ことを指摘しています。まさに肝に銘じなければなりません。

同じ轍は踏まない

私がこれほどに自戒の念を込めるのは、当社には過去、「過信・慢心」と「失敗」を繰り返した歴史があるからです。総合化に向け、非繊維部門の急激な拡大を模索し実行した1966年以降の東亜石油(株)への投資が、巨額の損失計上に至ったことは昨年お話させていただきましたが、この話には続きがあります。1980年代には、売上高上位3位の商社までが国際入札資格に参加できるという慣例があり、総合商社は激しい売上高競争を行っていました。東亜石油問題が完全解決した翌年の1986年度には、当社の売上高が商社トップの規模にまで拡大しましたが、その後も闇雲に売上高トップを維持しようとした結果、それまでの着実な商売のやり方から逸脱し、バブル経済の中で不動産の積み増しや特金・ファントラにのめり込んでいきました。

東亜石油問題の失敗を教訓にしたはずの当社は、図らずもNo.1になったことで、再び過ちを繰り返してしまいました。それはまた、1990年代後半から2000年代にかけての巨額損失処理という形で将来にツケを回し、この時に生まれた財閥系大手商社との財務体質の差が、2000年代初めの資源ブームにおいて、当社が後れを取る結果に繋がったのです。総合商社が業績の良い時に打ち出す計画や成長戦略は、身の丈を超えた内容となりがちです。従って、「三冠」達成後は、これまで以上に過信・慢心を厳しく戒めねばならないと、胸に刻んでいるところです。

「商人」としての基本姿勢

最近、しばしば、「三冠達成後の次のビジョンは」というご質問や、「これまでと違う新たなステージを切り拓いてはどうか」といったご意見をいただくことがありますが、「三冠」を取ったからといって、これまでのビジネスのやり方や目指すべき方向性を変えることはありません。

日本人として初めてマスターズの優勝を成し遂げた松山英樹プロに、仮に「マスターズ優勝の次は何を目指すのか」と問えば、これまでの延長線上で、「メジャー2勝目や世界ランキング1位」といった目標を答え、地道に練習を積み重ねていくのではないかと思います。野球に例えるならば、着実に塁打を重ねて得点してきた当社が、急にホームランを狙って大振りするとフォームが崩れてしまいます。今年の阪神の躍進、中でもスラッガーとして将来が嘱望されている佐藤輝明選手の活躍に、ファンとして目を細めていますが、その期待の佐藤選手も1試合3本塁打という快挙を達成した後、調子を落とし、1試合5連続三振という不名誉なプロ野球記録に並んでしまいました。当社も、決して無理な背伸びをせずに、コツコツと着実に利益を積み重ねていく、「商人」としての基本姿勢を常に大事にせねばなりません。

「Brand-new Deal 2023」(2021~2023年度)では、中計期間中に連結純利益6,000億円の達成を目指すことを打ち出しました。新型コロナウイルスのワクチン接種が世界各地で進み、経済活動も徐々に正常化しつつありますが、現時点で「新常態」の経営環境を正確に見通すことは極めて困難であり、商品市況や為替の動向、長期化する米中貿易摩擦等にもこれまで以上に注視する必要があります。従って、常に客観的かつ保守的な視点で経営環境を捉え、商いの基本である「稼ぐ、削る、防ぐ」のうち、特に「削る」と「防ぐ」に軸足を置き、「低重心経営」を継続していく考えです。

「利は川下にあり」

近年のAI・IoTといった急速なデジタル技術の進展に伴い、例えば自動車メーカーは、コネクテッドカーやEV、自動運転等の技術を開発したり、空飛ぶクルマの実用化を目指したりと、これまでとは全く異なる次元の技術・製品開発を本格化しています。そうしたメーカーが、新製品のシェアを確保するには、巨額の設備投資や研究開発費が必要となりますが、多角化等で事業領域が拡大しすぎると投資が中途半端になるため、時に「選択と集中」で分野を絞り、投資効率を高めていかないと生き残れません。

一方で、そうした時に世の中を一気に変える画期的な技術や製品を創ることができるメーカーとは異なり、従来のトレードから進化して、例えば、マーケティングや物流等において、培ってきた機能やノウハウを組み合わせ、付加価値を高めて存在感を示していくのが、総合商社です。すなわち、世の中の「流れ」に合わせて、絶えず形を変えていく存在であるため、特定の分野に絞るのではなく、逆に広範囲にアンテナを張り各産業における「知見」を蓄積すると共に、臨機応変に組織や資金の配分を変えていくことが、極めて重要です。このような総合商社のビジネスモデルが、将来においても優位性を発揮できることは、創業以来、幾度となく時代の荒波を乗り越え、今なお、収益を拡大し続ける当社の実績が物語っています。

メーカーや流通等の供給者サイドから消費者に主導権が移行し、消費者接点のビジネスにおける「データ」の重要性が高まっている現在、商流は明らかに過去とは逆向きになっており、まさに「利は川下にあり」と言える状況です。今後、総合商社が形を変えていく中で、商流の川下をいかに押さえるかが課題となりますが、既に非資源分野、特に生活消費関連で強みを持つ当社は、既存のビジネスモデルを磨き上げ、より優位性を発揮していくことで、商流全体の「イニシアチブ」を取っていく考えです。

浸透するまで繰り返す―「マーケットイン」

当社が今後、川下で優位性を発揮し続けていくためには、「マーケットイン」の発想に転換・立脚し、既存ビジネスを変革・バージョンアップしていくことが、一番重要になります。昨今の脱炭素化等の社会要請の高まりを受け、大きく変化する消費者ニーズを確実に捉え、更なる商機の拡大を図っていく上でも、「マーケットイン」の発想が必要であることは言うまでもありません。(→「マーケットイン」による事業変革)

当社を含む総合商社は、これまで取扱商品毎の縦割り組織の中で、「いかにして自分の取扱商品を売るか」という「プロダクトアウト」の発想でビジネスを行ってきました。現在は、蓄積した消費者接点の「データ」を活用した消費者ニーズの分析がより重要になっており、そうした発想は、もはや「川下」中心の新たな商流には合わなくなってきています。長年染みついた意識を変えるのは容易なことではありませんが、私は、近年この「マーケットイン」という言葉を、トップのメッセージとして何度も何度も繰り返し、自ら発信しています。「稼ぐ、削る、防ぐ」を社内の共通言語にしたように、この大事な発想への転換が社員にしっかりと根付くまで、具体例を示しながら、続けていくつもりです。それはまた、人材を育成し将来に向けて更なるビジネス拡大を目指す、経営者の重要な責務の一つであるとも考えています。

当社戦略の最重要拠点と位置付けるファミリーマートにおいても、この「マーケットイン」の発想がキーワードになります。コンビニエンスストアは、機動力を活かしながら小売業界の中で最も進化してきた業態ですが、人々の生活スタイルに応じた機能を追求していけば、更に進化できると考えています。例えば、「昨年は外出を極力控えスーパーで買い溜めしていたが、現在は気分転換や運動も兼ね、近くのコンビニで必要なものを適量、買っている」という消費者の話を聞き、すぐに、そうした「変化」に合わせた品揃えへの変更を指示しました。「マーケットイン」に難しい理論は無用です。ただ、お客様の目線に立って、「いかにすればお客様が満足するか」を真剣に考えれば良いのです。「商品縦割り」を打破すべく新設された「第8カンパニー」も、「マーケットイン」の発想に立脚し、横串機能を着実に高めるべく、デジタル・サイネージや人型AI、データ活用といった新たな企画を提案・実践することで、ファミリーマートの収益力の改善に貢献しています。

今般、新たに就任した石井社長COOは、こうした「マーケットイン」の視点を兼ね備え、的確な「目利きと対応」ができる人物です。当社経営の「執行」を司る適任者として、指名委員会からも推奨していただきました。これまでも蓄電池や再生可能エネルギーの環境ビジネスを開拓する等、消費者ニーズを捉えて新たな商売を創ってきた手腕や高い推進力に期待しています。(→社外取締役による座談会)

欧州で生まれた危機感

ちょうど3年ほど前に、欧州出張に行った時の話です。ミラノのホテルに到着後、歯を磨こうとしたところ、備えてあると思った歯ブラシがありません。フロントに電話すると、希望者にのみ提供しているとのことでした。時を同じくして、ホテルのテレビでスターバックスがプラスチック製ストローをすべて廃止し、紙ストローに替えるとのニュースを目にしました。その時点で、こうした動きは「環境」に対する意識が高い欧州等に限定された話であり、同様の意識を持つ日本の企業や個人は、まだ少数派であったと思います。しかし私は、この欧州出張で感じた「肌感覚」をずっと忘れることができず、2021年度からの新たな中期経営計画では、かなり踏み込んだ「環境」対応が必要になると考え、議論を重ねて準備していました。そして、5月の「Brand-new Deal 2023」の公表を待つことなく、今年の正月休み明けすぐに、業界に先駆けて、「環境」こと脱炭素社会に貢献する方針を打ち出しました。

まず、当社のGHG排出量の大きい保有資産の「削減」として、従来の「新規の一般炭炭鉱事業の獲得を行わない」方針から更に踏み込み、「中計期間中の一般炭権益からの完全撤退」を決定しました。そのスタートダッシュとして、4月に一般炭権益の8割を占めるコロンビアDrummond権益の売却を完了しましたが、当社の「本気度」と「信頼度」をお示しできたと思います。(→脱炭素社会を見据えた事業拡大)

更に、当社グループが強みとする「非資源分野」には、世の中のGHG排出量の「削減貢献」に直結し、早期に収益化できる「商売の芽」が数多く存在しますので、スピード感を持って推進していく考えです。その筆頭である蓄電池関連事業は、バリューチェーンの更なる拡大と将来的な利益貢献が確実に計算できるビジネスです。

また、世間の注目を浴びる大豆ミートについても同様です。低脂質・高タンパク質である大豆ミートは、牛肉等と比較して生産時の水使用量やGHG排出量の大幅な削減が可能となり、将来の食糧問題にも寄与できるスーパーフードです。既に多くの外食産業が加工品として提供を開始しておりますが、当社グループの不二製油(株)は、大豆ミート素材(粒状大豆たん白)の国内シェア約50%を誇る企業であり、今後の需要拡大が見込めます。更に、当社がフィンランドの森林業大手のメッツァ・グループと設立した合弁工場では、パルプ用に使用できない木材から「セルロースファイバー」を製造していますが、例えば、グッチやバレンシアガを傘下に持つケリンググループや、バーバリー、ザラ等の「環境」対応に積極的な欧米有名ブランドが、環境負荷の低い再生可能な天然素材として注目しており、相当数の引き合いが来ている状況です。当社グループの総合力と知見を結集し、社会要請でもある環境負荷の低い製品や素材に置き換えていく流れを、強く後押ししていきたいと考えています。

コロナ禍においてもしっかりとコロナ後を見据え、安定的な非資源分野を中心とする収益基盤をより強固にしていく方針です。

「三方よし資本主義」

これまでは、企業は株主のものとする「株主」資本主義が一般的でしたが、近年は、株主のみならず、社会、顧客、社員等にまでその対象を拡大し、「ステークホルダー」資本主義が主流となっています。今回の「Brand-new Deal 2023」で掲げた「三方よし資本主義」は、「三方よし」をグループ企業理念として掲げる当社が、すべてのステークホルダーと同じ方向を向き、長期的に成果を分かち合っていくという姿勢を分かりやすく示したものです。(→CAOインタビュー)

企業が「持続可能」な社会の実現を目指すのであれば、企業自身も「持続可能」であり続けることは当然の前提であり、「企業経営」を介してそれを実践するのが経営者です。すべてのステークホルダーの立場を考慮し、バランスの取れた経営戦略を推進することが重要だと思います。

しかし、それは従前よりも投資家や株主の皆様を軽んじるという意味ではありません。当社は、他の総合商社と比べて役員の持株数が多く、社員の従業員持株会加入率もほぼ100%に達します。2015年度に累進配当を掲げて以降、役職員が投資家や株主の皆様と同じ目線に立ち、継続的な増配を着実に実行してきました。2020年度に相当数の企業が減配もしくは配当据置となったことからも窺える通り、配当性向のみの配当方針では、ひとたび減益となれば配当実額が減少し、投資家や株主の皆様のご期待に背く可能性があります。従って、特に現在の不透明な経営環境下では安定性を重視し、従来通り、累進配当で毎年確実に上げていく方針が経営者として適切であると考えてはおりますが、市場の期待に応え、上期決算を踏まえた「2021年度の更なる増配」と「中計期間中のより高い配当性向方針」について、しかるべき時に公表する予定です。(→CFOインタビュー)

市場では、異常とも言える資源価格の高騰や第1四半期決算の高進捗を織り込み、2021年度に6,000億円を超える利益を期待する声も強くなっています。伊藤忠商事は、コロナ禍においてもしっかりとコロナ後を見据え、安定的な非資源分野を中心とする収益基盤をより強固にしていく方針です。そのために、ブレることなく、「稼ぐ、削る、防ぐ」を徹底し、「マーケットイン」の発想への転換を加速することで、愚直に進化を続け、「三方よし資本主義」を地でいく経営を実践していきたいと思います。