COOメッセージ
伊藤忠商事の新たな挑戦を現場でリードし、164年目の伝統の襷を受け継いだ責務を果たしていきます。
これまで通り「現場」と「信用」を大切にし、社会課題解決と収益力拡大の好循環を生み出すことで、伊藤忠商事全体の持続的な企業価値向上を実現していく考えです。
大切にしてきた「現場」と「信用」
このたび社長COOに就任した石井敬太でございます。
私は、1983年に入社後、化学品部門に配属され、主に石油化学製品トレードに従事すると共に、北米、タイと2回の海外駐在も経験しました。その後は、化学品部門長、エネルギー・化学品カンパニープレジデントを務める等、一貫して化学品畑を歩んできました。当社は、グループ全体の戦略立案を担う会長CEOとその戦略の実行及び推進を担う社長COOが、各々の役割を分担する経営体制を採用していますが、鈴木社長COOから引き継いだ、伊藤忠商事の伝統ある164年目の襷を掛けて走り続ける責務を全うする所存です。
社長COO就任が決まった後、多くのメディアで、私が学生時代にラグビーに没頭していた話がよくハイライトされます。ラグビー選手として伊藤忠商事に入社したわけではないので若干戸惑いも感じていますが、とはいえ、多感な時期に学んだ、仲間との強い「信頼関係」を前提とする、チームプレーの重要性や一心不乱に一つの勝利を目指す姿勢、綿密な分析に基づく戦術の共有等が、私の会社人生における礎となっているのも事実です。
入社間もない頃、研修の一環として近江商人のビデオを視聴する機会がありました。「商人」としての在り方を描いた内容でしたが、学生時代に培った「信頼関係」の構築力を更に磨けば、ビジネスの世界でも「信用」される人になれる、と感じたことを今でもよく覚えています。以来、商売を行う上で「現場」と「信用」の2つの言葉を大切にしてきました。誰よりも早くお客様のもとに赴き、ご依頼されたことを最後まできちんとやり遂げる、そして、築いた「信用」を積み上げていくことが、国籍を問わず人との繋がりを拡げ、そして商売も拡げることを、まさに体で覚えてきました。化学品ビジネスの特徴は様々な業界に幅広く原材料を供給することにありますが、拡げてきた人との接点は、絶えず変動する市場のトレンドをいち早く掴むことにも繋がり、かけがえのない財産となりました。今後、フィールドは全社に拡がりますが、変わらず人との繋がりを大切にしていく考えです。
これまで私は、困難に直面している案件や組織の立て直しに携わる機会が多くありましたが、そのたびに自ら率先垂範することを心掛け、組織を一致団結させることで、難局を乗り越えてきました。チーム全員で行うブレーンストーミングを通じ、市場の先を読み、大きなビジョン達成に向けたマイルストーンを設定し、それぞれの役割を決めて、情熱を注ぎ続けることが、新たな商売にも繋がっています。ここでは、そのようなアプローチで事業拡大を続けている蓄電池ビジネスについて、少し丁寧に説明したいと思います。
お客様の声から生まれた蓄電池
これまでの蓄電池システムの事業展開は、一部期間的な重複はありますが、次の5つのステージに分けることができます。①蓄電池の開発、②蓄電池へのAI実装、③VPP構築・蓄電池の拡販、④リユース循環システム構築、⑤次の展開拡大への布石。
我々は、これらの各ステージにおいて、チーム全員で、予想される将来動向や需要、それを踏まえた数年先の「在り姿」を徹底的に議論しました。そして、そこに到達するまでのロードマップを区切り、状況の変化に応じて微修正を加え、スピード感を持って必要なリソースを一つずつ丁寧に整備・拡充していきました。
まず①の「蓄電池の開発」のステージですが、電池部材売切りビジネスからの脱却を意図し、2010年頃より、家庭用蓄電池の開発・販売を開始しましたが、初めのうちは上手くいきませんでした。転機となったのは「停電時であっても、すべての家電を賄える蓄電池が欲しい」といったお客様の声です。市販されている他の蓄電池では、停電時に出力が低下してしまうことにより、使用できる家電が100Vに限定されてしまいます。そこで、我々は、他社にはない、停電時でも200Vまでのすべての家電が使用できる大容量の蓄電池づくりに着手し、その結果、2017年頃には販売を軌道に乗せることができました。
②の「蓄電池へのAI実装」のステージは、蓄電池システムの事業展開を語る上で、まさに大きな分岐点となりました。再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)が2019年以降、順次終了することを見据え、蓄電池にAIを搭載する必要があると考えていましたが、英国MoixaEnergy社との資本業務提携により、AIの実装に成功しました。これに伴い、電力使用量・発電量の予測や気象情報等の諸情報の解析、それに基づく蓄電池の最適な充放電制御等が可能となり、お客様の利便性が飛躍的に向上、同時に、各家庭の電力使用パターンに関するデータも入手可能となりました。
③の「VPP構築・蓄電池の拡販」のステージでは、AIの実装が更に意味を持つことになります。個々の蓄電池を繋ぎ束ね、②のAIに蓄積された「データ」を一元的に情報管理・最適制御することで、近い将来、VPP(Virtual Power Plant、仮想発電所)、すなわち、分散型電源プラットフォームの構築が可能です。業界トップクラスとなる蓄電池の販売台数は2020年度末には4.3万台を突破し、2023年度目標の8万台に向けて販売を加速していますが、個々の蓄電池の販売は、足元の「稼ぎ」に直結すると同時に、蓄電池の設置数が増えることで、次世代電力ネットワーク全体の拡充にも貢献するという、目指す将来の「絵図」に繋がるビジネスモデルになっています。
④の「リユース循環システム構築」のステージは、②③と並行して推進してきた蓄電池に使用するリチウムイオン電池の話です。実はリチウムイオン電池は化学品の塊です。電池部材ビジネスを行ってきたノウハウを活かし、今後は、EV用途の使用済みリチウムイオン電池を蓄電池等に転用する「リユース」に加え、寿命を迎えた蓄電池からニッケルやリチウムといった希少金属等の部材を回収し、原料・電池部材チェーンに戻し入れる「リサイクル」という、2つのビジネスを推進していく方針です。そして、リチウムイオン電池の安定確保やコスト競争力を伴う、真の循環システムの完成を目指す考えです。
最後に⑤の「次の展開拡大への布石」のステージですが、世の中の動向等も踏まえ、我々が数年先の「在り姿」として考える事業展開の実現に向けた取組みを着実に推進しています。
低コストで高い安全性・リサイクル特性を伴う次世代リチウムイオン電池として期待される半固体電池の開発企業への出資、ブロックチェーンを活用した電力の個人間(P2P)取引の実現に向けた実証実験、蓄電池のEV充電機能や環境価値(ポイント)計測機能の装備、ファミリーマートや小売店舗との接続等、これまでの蓄電池を起点にして、事業展開をタテにヨコに拡げる布石を着実に打っています。
こうした計画的な取組みが奏功し、築き上げてきたビジネスが、新たなビジネスを呼び込むという好循環が生まれています。電力各社のみならず、住宅、自動車、家電等の各メーカー、更に通信関連といった業種の垣根を越える多くの企業が当社の蓄電池システムを中心とする事業展開に注目しており、既に様々な協業が始まっています。(→蓄電池を核とする分散型電源プラットフォームの構築)
社会課題対応と事業性の両立
「Brand-new Deal 2023」(2021~2023年度)では、定性面の基本方針として「マーケットインによる事業変革」と「SDGsへの貢献・取組強化」の2つを掲げています。(→中期経営計画「Brand-new Deal 2023」)
これらの方針は、現在の世の中の変化や課題に対し、当社ビジネスの特性や強みを活かして挑戦していく基本姿勢を表していますが、この2つはそれぞれ独立した方針ではなく、相互の関係性が高い方針です。
3年ほど前、欧州出張から帰国されたばかりの岡藤会長CEOから、「プラスチックの廃棄問題について何かやっているのか」と質問されたのを覚えています。その当時、日本ではまだ関心が低く、既存の製品を売り込むことばかりを考えていた私たちは、その一言をきっかけに、一気に生分解性プラスチックやリサイクルのビジネスの可能性を探り始めました。そして、従来リサイクルが困難とされていたモノを回収し、様々な製品へのリサイクルを実現し世間の注目を集める米国のTerraCycle社との資本業務提携に代表されるように、プラスチック循環型ビジネスへの取組みを加速しています。これまで、PETボトル事業への参入や、海洋ごみ由来のゴミ袋の開発、ポリエステルをケミカルリサイクルする技術のライセンス契約締結等を実現してきましたが、パートナーを巻き込みながら、新たなビジネスモデルの創造に挑戦し続けています。
また、今話題の水素・アンモニアといった次世代燃料ビジネスの取組みも開始していますが、これらのビジネスは、今後の法規制改定やインフラ整備が条件となると共に、時に複数企業との協働が必要となる可能性があります。従い、実用化・収益化までに相当な時間を要するため、事業性を慎重に見極めた上で、長い時間軸で布石を打っていく方針です。この他にも各カンパニーにおいて、社会課題への対応と事業性を両立させる様々なビジネス・取組みを模索、実践していますが、前述の蓄電池システムの事例で示した通り、世の中の動向を踏まえ、「マーケットイン」の発想に立脚し、計画的にビジネス・取組みを実践していくことが、一番重要なポイントになります。私はこれまでの経験を活かし、執行の責任を負う社長COOとして、各案件に対するきめ細かい対応を実践し、推進していく所存です。
「Brand-new Deal 2023」では、2040年までの「オフセットゼロ」や2050年までの「実質ゼロ」といったGHG排出量削減等に関する目標を掲げていますが、いかに社会要請に適う立派な中長期ビジョンを示したとしても、将来的な企業自体の存続や成長を担保しなくては、企業の責務を果たしているとは言えません。当社は、収益力向上を担保しつつ、解決すべき社会要請への対応を着実に実践すると共に、強みである非資源分野の特性を最大限発揮して、次の連結純利益6,000億円のステージに向けた取組みを加速していきます。
強みである非資源分野の特性を最大限発揮して、次の連結純利益6,000億円のステージに向けた取組みを加速していきます。
「持続的な企業価値向上の実現
私が入社した頃、上位の財閥系商社は仰ぎ見る存在であり、その大きな差を埋めるために、必死に営業活動を行っていたことを思い出します。突出した一部のカンパニーや部門の活躍に頼るのではなく、諸先輩方を含む、これまで各人が地道に商売の基盤を積み上げてきた努力が、2020年度の総合商社「三冠」達成の形で結実したものと思います。
しかし、2021年度の新たな戦いは既に始まっており、一瞬の気の緩みが勝敗を分けることにも繋がります。しっかりと気を引締め、社会課題解決と収益力拡大の好循環を生み出すことで、伊藤忠商事全体の持続的な企業価値向上を実現していく考えです。
ステークホルダーの皆様には、今後とも変わらぬご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。