CEOメッセージ



ブレることなく「非資源分野」の優位性を磨き上げ、
新たな時代に「マーケットイン」の真価を発揮すべく、
「備え」の布石を着実に打っていきます。

2021年度は、当社の史上最高益を大幅に塗り替える結果となりました。
2022年度は、これぞまさに不透明という景況感を慎重に見極めながら、「Brand-new Deal 2023」で掲げた方針に基づき、7,000億円を安定的に稼ぎ出す収益基盤の構築に向け、資源価格や為替水準の平常化後を見据えた布石を着実に打っていきます。

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絶えず努力を続ける

良いことは続きませんが、何故か悪いことは続くものです。

明治時代の作家である樋口一葉は、それを体現するような人生を送りました。彼女は小学校を首席で卒業しますが、「女性にこれ以上の学問は不要。それよりも家で針仕事や家事を身に付けるべき」という母親の方針によって、進学を断念させられました。その後、後継ぎの兄が急死してしまい、父親も事業に失敗し多額の借金を抱えて亡くなったため、わずか17歳で一家の家計と父親の負債を一手に背負うことになります。借金や質屋通いが続き、始めた荒物・駄菓子屋も上手くいきませんでした。そうした困窮の中でも小説家として努力を積み重ね、歴史に名を残す作品を1年余りで次々と世に送り出し、一躍人気作家となりました。ところが、あろうことか当時流行りの肺結核を患ってしまい、わずか24歳という若さでその短い生涯を閉じました。努力しても努力しても良いことが長続きしない。彼女の生きざまには、誰もが同情の念を禁じ得ません。

かたや企業経営。経営者は楽観的であるべきという意見もありますが、企業経営は、努力なしでは到底、成果を収めることはできないものであり、努力を重ねても必ずしも上手くいくとは限らないものです。とはいえ、歩みを止めるわけにはいきません。私が当社の歴史を振り返り、常に努力して、先手先手で事前準備を怠らないのも、そうした心構えを決して忘れないようにするためです。

歴史に学ぶ教訓

旧東京本社ビルで諸先輩方への思いを馳せる

今年5月、1957年から1980年まで使用していた日本橋の旧東京本社ビルが、老朽化のために取り壊されることになると聞き、足を運ぶことにしました。

当時の越後社長の旧執務室に隣接する日本庭園は、半世紀以上を経過しても当時のままの姿で残されていました。そこに佇み、同じ景色を眺めていたであろう越後社長時代の伊藤忠商事に思いを巡らせました。 当時の伊藤忠商事は、繊維商社から総合商社への脱却を加速させていた時代です。財閥系商社の壁に幾度も阻まれ、辛酸を舐めながらも当社の総合化を成し遂げた当時の諸先輩方が、トップ争いを行う現在の伊藤忠商事をご覧になったら、どのような言葉をかけていただけるだろうかと、暫し感慨にふけりました。 一方で、総合化を急ぐあまり、大きな賭けに出た東亜石油(株)買収の決断が下されたのもこの部屋であったと思うと、正直複雑な思いにもなりました。利益が数十億円の時代に最終的に1,800億円もの損失を計上することになったこの投資の後も、バブル景気時代の不動産投資をはじめ、「過信・慢心」と失敗を繰り返し、以降の当社の経営の大きな負担となったことは、伊藤忠商事の未来を語る上でも、常に心にとどめるべき歴史です。

昨年のこの場では、総合商社「三冠」の達成後に「喜ぶのは1日だけ」と書きました。気を引締めて臨んだ2021年度は、当社の史上最高益を更新するに至りましたが、好業績の後には概して「油断」が生まれるものです。こうした歴史を社内で繰り返し共有することで、ようやく辿り着いた総合商社トップの地位も、ひとたび慢心すれば一瞬にして消え去ってしまうという危機感を、自らと社員の心に刻み込んでいます。

市場と目線を合わせた決断

私は、経営の方向性をお伝えする上で、統合レポートをとても重視しています。このCEOメッセージでお伝えすることも、常日頃思い浮かんだ時に手帳に書き留めるようにしていますが、そのうちの一つが「株主還元」です。

昨年5月の中期経営計画期間における株主還元方針の公表や6月の自己株式取得を一旦リセットする公表を受け、当社の株価は大きく下落しました。累進配当は評価するものの、中期経営計画期間における明確な配当性向に関する方針がなく、自己株式取得を一旦リセットする理由や再開タイミングが示されなかったことが、主な原因です。

これまで当社は、配当性向がいくら高くても、ひとたび減益となれば配当実額が減少するため、投資家や株主の皆様の失望を招いてしまう、それであれば、累進配当で毎年少しずつでも確実に配当実額が引上がる方が、長い目で見れば有難く、長きに亘り保有いただけるのではないかと考えていました。しかしながら、アナリストや投資家の皆様との対話を通じて、こうした当社の考えと市場のご期待には乖離があることに気づきました。

私は、投資家や株主の皆様には、中長期に亘り、配当と株価上昇の両面で喜んでいただきたいと思っており、社長に就任した2010年度以降、株価も配当も着実に右肩上がりで上昇させるように努めてきました。これまでも、とある集まりの場で当社株式を長期間保有する某メーカーの元役員の方にいきなり御礼を言われたり、当社の諸先輩方から数多くの手紙を貰ったりと、これぞ「経営者冥利に尽きる」と感じる機会が多かったのも事実です。今回の株価下落を機に、今後も「可能な限り市場のご期待にお応えしたい」との思いを新たにし、すぐに経営陣で議論を開始しました。議論を重ねていくうちに、株主資本を含む財務基盤は既に総合商社のトップ水準に達しており、稼いだ利益をこれまで以上に投資家や株主の皆様と分かち合える実力を付けた、との結論を得ました。これが、昨年11月に「累進配当を継続するステップアップ下限配当の実施」と「2023年度までに配当性向30%をコミット」を中期経営計画期間中の「新配当方針」として公表した背景です。今年1月の自己株式取得の公表とその後の着実な実行を併せた積極的な株主還元が評価されたこともあり、2021年度は上場来高値を19回更新する結果となりました。(→CFOインタビュー)

「三方よし」に資するビジネス

新市場区分移行セレモニー

(株)東京証券取引所の市場が再編され、新市場での取引開始に先立つセレモニーに、プライム市場代表として出席する機会をいただきました。当社もプライム市場代表に選出された名誉に恥じぬよう、ステークホルダーの皆様と利益を持続的に分かち合っていくために、今後も掲げた目標を必ずやり遂げる「コミットメント経営」を愚直に実践していく所存です。

当社に限らず総合商社各社の2021年度決算は、歴史的な好決算となりました。急激な資源価格の高騰もあり、当社は資源比率が高い財閥系商社の後塵を拝することとなりましたが、当社の強みである「非資源分野」を中心とする成長戦略にブレはありません。当社の主要な海外投資家からも、「伊藤忠のビジネスモデルの特異性は十分に理解しており、非資源分野の収益を着実に伸ばし、成長していることが大変素晴らしい」といったご評価もいただいています。

総合商社は、過去よりエネルギーや金属資源を含むコモディティ価格の高騰時に大幅な利益を稼いできました。その一方で、川下の企業や消費者が負担を強いられてきたことも事実です。しかし、そのような消費者や社会の支持が得られない商売は長続きせず、商道徳にも反することは、二度にわたるオイルショックや米の買占め等の歴史が物語っています。商売は、短期的に自身の利益が少なくとも、お客様に儲けていただくことで、自ずと自身の商売も増えていく、という考え方が基本であり、現在の商売が「三方よし」に資する、持続性を伴うビジネスモデルになっているか、ということが最も重要になります。

現在は各社共に「非資源分野」の強化を推進していますが、かつて総合商社は、資源価格のサイクルに応じて業績の好不調を繰り返し、多額の減損処理を強いられたため、市場の信頼を失った過去があります。現在の資源価格高騰の状況下、過去に経験した資源ビジネスの恩恵が忘れられず、同じ道へと後戻りし、再び市場の信頼を失うのではないかと危惧しています。

更に、資源ビジネスは、価格変動のみならず、様々なリスクを伴うことを忘れてはなりません。当社にも一部の影響が出ておりますが、ロシア・ウクライナ問題では、エネルギー資源に関する対応策が、各国間の政治的な駆け引きの手段として利用されています。また、豪州や南米等では、資源高の恩恵をより多く自国に取込むべく、外資が多い鉱山会社に対する大幅な増税案が議論されており、「資源ナショナリズム」が再燃しています。SDGs・脱炭素についても、一時的にペースダウンしているようにも見えますが、その潮流が変わることはなく、資源ビジネスが抱える様々なリスクは、大きくなる可能性はあっても、極端に小さくなることはありません。こうしたリスクの顕在化は、総合商社の事業ポートフォリオのあり方にも大きな変革を迫っており、例えば、コミットメントとして掲げた一般炭権益の売却を当社はどの総合商社よりも早く進めています。(→COOメッセージ)

私は、従来の総合商社のビジネスモデルのままでは、今後、存続の危機に晒される可能性が高いと考えています。全産業で川上のメーカーから川下の消費者に主導権が移っており、消費者接点を持つ川下の企業がより多くの利益を獲得する構図、すなわち「利は川下にあり」の状況が一段と加速しています。従い、総合商社の「プロダクトアウト型」のビジネスは、淘汰されていく可能性が高いと考えています。資源高の収束後を睨み、「マーケットイン」の発想でビジネスを再構築していくのは、すべての総合商社にとっての共通の課題とも言え、いち早くそれを成し遂げた総合商社が次の時代をリードしていくでしょう。無論、伊藤忠商事がその先頭を走り続けていく所存です。

「マーケットイン」でリードできる理由

かつて私は、高級テーラーの紳士服展示会に出かけた時に、買う商品を決めているのは奥さんや娘さんだと気づき、女性が好む「イヴ・サンローラン」と契約して輸入生地を売り、ヒットに繋げることができました。相手のニーズや変化に目を凝らし、先回りして察知し、求めるものを提供することが「マーケットイン」の本質であり、私が現場を重んじる理由もここにあります。

人間の性格や特徴が十人十色であり、それがなかなか変わらないように、企業の文化やビジネススタイルも大きく変えるのは大変難しいことです。重厚長大型の大きな塊のビジネスを主力としてきた財閥系商社とは異なり、「行商」を源流に持つ当社は、消費者に近いところで小さな商売を大切に育て、コツコツと商いを積み上げてきました。収益規模が小さく、手間がかかる消費者寄りのビジネスを一つひとつ丁寧に「ハンズオン」で育成するスキルは、当社の生業やこれまでに蓄えた知見に基づくものであり、一朝一夕で容易に追随できるものではありません。それは当社事業会社の黒字会社比率が9割を超えている点にもよく表れていると思います。

当社には消費者接点を持つ豊富な優良資産があり、「マーケットイン」の発想で変革を進めています。ファミリーマートは、当社グループ最大の消費者接点であるコンビニエンスストアですが、マーケティングのテコ入れに加え、第8カンパニーのもとグループの連携によって様々な付加価値を付け、既存店日商が同業他社を上回るペースで回復しています。発注等のサポートを行う人型AIアシスタントの導入や、自動陳列ロボット、無人決済店舗によって店舗運営の効率化と収益力向上に努める他、広告・メディア事業等、従来のコンビニエンスストアの枠を超えた取組みで業界をリードしています。

日本最大の輸入車ディーラーである(株)ヤナセは、消費者のニーズに応えるために、主力のメルセデス・ベンツに加え、他メーカーの新車・中古車販売へと取扱いを拡げています。北米の建材関連事業では、MASTER-HALCO社を中心とする買収等を通じて顧客ニーズに幅広く応えるべく、各種フェンス商材の品揃えの拡充とシナジーの拡大を果たしています。「マーケットイン」による変革は、国内のみならずグローバルに広がっていますが、何れも消費者接点を掴み、付加価値を提供することで接点を拡げ、サプライチェーンにおける主導権を握るという、当社の戦略をご理解いただけると思います。

また、当社は、情報・金融カンパニーを有している点が、大きな特徴として評価されています。過去から地道に情報・通信関連の知見を蓄積してきたことが、現在、消費者接点から得られるデータを分析し、新たな付加価値を生み出す上で大きな強みとなり、同業他社との差別化に繋がっています。当社は、産業全体のプラットフォームを構築するといった壮大な構想を掲げるのではなく、各事業の収益力強化や、業態変革に繋がる現場主義のDXを推進しており、例えば、ファミリーマートの川下データを活用したサプライチェーンの最適化において、既に着実な収益力の向上をもたらしています。

繊維カンパニーを有しているのも大きな特徴であり、総合商社の中では当社が唯一になります。(株)デサントに対するTOBは当時巷を賑わせましたが、現在のビジネスモデルの変革と収益性の向上を踏まえれば、改めてその決断が正しかったという思いを強くしています。これもカンパニーの形態を維持できているが故に、様々な知見を結集させることができる当社の「非資源分野」の強みが発揮できた一例であると考えています。このように従来の枠を超えるような投資も絡めながら、「非資源分野」を中心に「マーケットイン」の発想で業態変革を進めており、パイプラインが積み上がってきています。(→SPECIAL FEATURE 変革を続ける商人たち)

コロナ禍でも資産売却を先行し、新たな資産入替のタイミングを窺ってきましたが、今後、世界的に株価低迷が続くと予想しており、多くの投資機会が巡ってくると考えています。また、現在の為替水準や不安定な海外情勢を考慮すれば、当面、海外投資よりも国内投資を優先する方が得策かつ確実であるとも考えています。(→CSOインタビュー)

一方、将来的な為替水準の戻りを睨み、今後Moody’sの格上げを実現し、海外においても従来以上に競争力のある資金調達に備える所存です。

ブレることなく、強みである「非資源分野」でコツコツと新しいビジネスの種をまき、やがて資源価格が平常化した時に、伊藤忠商事の「マーケットイン」の真価を存分に発揮したいと思います。

「地に足をつけた」人材戦略

私は、企業が「持続可能」な社会を目指すのであれば、企業自身も「持続可能」であり続けることは当然の前提と考えています。

昨年のこの場では、気候変動、ことGHG排出量削減についての考えを述べましたので、今回は「働き方改革」について説明したいと思います。

これまでの朝型勤務やがんと仕事の両立支援といった「働き方改革」や新型コロナウイルス対策等が功を奏し、当社は数多くの就職人気企業ランキングやESG外部評価等で極めて高いご評価をいただいています。こうした外部評価は、「持続可能な企業」という見方が定着してきた証左であり、喜ばしい限りです。そうした当社の取組みは、一企業の枠を超え、官民を問わず社会全体に大きな影響を及ぼす等、「三方よし」でいう「世間よし」に繋がっています。

昨年10月、女性活躍推進委員会を設置し、「女性の活躍支援」を加速しています。元厚生労働事務次官の村木厚子社外取締役を委員長とし、委員の半数は社外役員、また半数を女性としています。同種の取組みは数多くの企業が実施していると思いますが、取締役会の諮問委員会としての設置は稀有であり、当社の本気度をご理解いただければと思います。同委員会の議論や大規模なエンゲージメントサーベイの結果を踏まえ、当社は、従来の改革を土台とした「働き方改革第2ステージ」に移行しました。

従前よりお話ししている通り、当社の人材戦略は経営戦略そのものです。当社の持続可能性を考える上では、「労働生産性の向上」を担保する必要があります。更に、消費者接点の優位性を有する当社にとって、「女性登用への育成加速」が今後益々必要となり、そのためには「柔軟な働き方への進化」も不可欠になります。「働き方改革第2ステージ」でも目新しさに飛びついたり、実現性に乏しい数値目標を掲げたりせず、企業価値の向上に繋がる「地に足をつけた」施策を徹底していく考えです。(→CAOインタビュー)

なお、当社が進めてきた一連の働き方改革の成果として、2012年度に0.60であった当社の女性社員の出生率は、その後、加速度的に上昇し、2021年度は全国値1.30や東京都1.08*に対し、1.97となりました。個人のライフイベントの選択肢は様々ですが、企業としては子育てをしながらキャリアを継続できる仕組みと風土を定着させることが極めて重要であり、その裏付けの一つと考えています。(→女性活躍推進委員会)

*厚生労働省の人口動態統計における2021年の期間合計特殊出生率(概数)

新たな時代で真価を発揮するために

現在、地政学リスクの顕在化に伴うインフレや欧米を中心とする利上げ等により、コロナ禍の反動に伴う回復感よりも世界景気の減速への警戒感が強まっています。当社は、これまでの常識が通用しない不透明な経営環境を慎重に見極め、商売の基本である「稼ぐ、削る、防ぐ」を再徹底する考えです。そして、ブレることなく、強みである「非資源分野」でコツコツと新しいビジネスの種をまき、やがて資源価格が平常化した時に、伊藤忠商事の「マーケットイン」の真価を存分に発揮したいと思います。